窮屈な居場所

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* * 夫、藤川公太郎と結婚したのは、短大を卒業した三日後だった。 夫との出会いは、高校時代にバイトをしていた定食屋で、夫はそこに頻繁に通っていた大学生で。 店員と、お客様。 接点といえるのは、ただそれだけだった。 だけど頻繁に来店する夫と次第に顔見知りになった頃、会計のためレジカウンターに入っていた私に夫が初めて声をかけてきた。 「結城(ゆうき)さん?」 いきなり名前を呼ばれ、思わずレジを打つ手が止まった。 自然と視線も動き、私は顔を上げた。 「は…い」 突然のことで、私はキョトンとしていたと思う。 「あ!ごめんね。それ。あ…ネームプレート見て、名前…ユウキって読むのかなって…ちょっと呼んでみただけなんだ」 慌てた様子で私の胸元についてある名札を指差した夫は、レジに表示されている580円を即座に払うと、そのまま逃げるように店から出て行ってしまった。 それが夫、藤川公太郎と交わした最初の会話。 そして全ての歯車が狂い始めた、始まりの合図だったのかもしれない。
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