Rainy night Kanata viewpoint

1/1
18人が本棚に入れています
本棚に追加
/20ページ

Rainy night Kanata viewpoint

「なぁさん、お風呂()いたよ?」  寝室に戻ると、毛布に包まって幸せそうな顔で眠るなぁさんがいた。 「いや、寝てるんかい」    そう言いながらベッドの(ふち)に腰を降ろす。  髪を撫でると、くすぐったそうに身をよじって寝返りをうった。  その様子に愛しさが込み上げて、思わずフフっと声がもれる。 「こんな幸せで良いんかな……」  誰に尋ねるわけでもない独り言が口をついて出た。  今までの恋愛とは違う。  ずっと受け身で、何が正解か分からないまま終わってしまう関係には、ならなそうだ。  なぁさんとなら、正解を探すより、お互いの気持ちに寄り添いながら一緒に生きていけそうな気がしていた。 「なぁさん……お風呂は?」  このまま寝かせてあげたい気もするが、一糸まとわぬ姿のまま隣で眠られるのは、健康優良児としてはさすがにキツい。 「なぁさん」  もう一度、優しく声をかけると、薄く目を開けたなぁさんと視線が絡んだ。  ホッとしたのも束の間 「いっちー……」  嬉しそうに名前を呼んで、また眠りについてしまった。  寝ながら微笑んでる顔を見て、何とも言えない気持ちになる。 「……それはアカンって」 (かわいすぎてヤバい)  顔がニヤけるのを必死に堪えて、起きそうにない彼女の横に仕方なく自分も転がる。 「朝起きてどうなっても知らんからな……」  すやすやと寝息をたてるなぁさんに届かないのを分かりながら、少し恨みをこめて目を閉じた。  ガサゴソと物音がして目が覚める。  目を閉じたまま様子を伺ってると 「どうしよどうしよ」  と焦った声を出しながら、出来るだけ振動を与えないように動いてるのが気配で分かる。  うっかり寝落ちたことで軽くパニックになってるんだ。 (まっぱやもんな……どうすんのやろ)  俺としては全然気にしないけど、なぁさんの慌てようからイタズラ心がくすぐられてしまう。  薄く目を開けて、タイミングをはかろうとしたら、バスタオル1枚を体に巻いてるだけのなぁさんが目に入る。 (いや、これはホンマに目に毒……)  そう思った時には起き上がって、細い手を掴んでいた。 「うわっ!」 「おはよ」 「起きてたの?」  そう言って自分の姿を思い出したのか、慌てて毛布を引っ張った。 「あっち向いてて……お風呂行ってくるから」 「それは無理な相談やなぁ」  自然と顔が緩むのを、かわいい顔をして睨まれてしまった。  そうなるともう少し困らせたくなって、毛布を軽く引っ張る。 「ホントやめてってば」  必死になるなぁさんがかわいくて、思わずハハハと声がもれてしまう。 「分かったよ。じゃぁ、目ぇつぶっとくから、その間に行ってきて」  そう言うと、ちょっとホッとした顔を見せて分かったと言う。 (そんな簡単に信じたらアカンやろ)  目を閉じたフリをして薄目にしておく。  なぁさんが背中を向けた時に、じっくり眺めさせてもらうと、視線に気づいたのか、振り返ったなぁさんと目があった。 「見てんじゃん!バカ!」  顔を赤くして寝室を出て行く姿もかわいい。  何をしてもかわいい。  自分の中にこんな感情があるのなんて知らなかった。  なぁさんと居ると色んな感情を持っていた自分に気づくことが出来る。  全然思うような反応をしてくれなくて()れたり、嫉妬したり、焦ってかっこ悪いとこ見せたり……  それでもいいと言ってくれる女性(ひと)。  何より、自分の中にこんな熱さがあるなんて思いもしなかった。 (初めて会った時、衝撃やったもんな)  偶然の事故で、初めて顔を見た時もある意味衝撃だったけど、イベント前、少し早めに着いてなぁさんの姿を見かけた時を思い出す。  催事会場に向かう途中、聞きなれた声が聞こえた気がして振り返ると、パリッとした制服に身を包んだなぁさんが居た。  声をかけようとしたのに、他のお客さんに先に声を掛けられて、対応してる姿がキレイで思わず隠れてしまった。  俺の知らないなぁさん。  背筋が伸びて凛として、余裕があって大人の女性。  俺なんて相手にされないだろうなと思った瞬間だった。  それと同時に、あんな完壁な立ち振る舞いなのに、家ではあんな姿だとギャップを知ってるのが、この沢山の人の中で自分だけだと思うとゾクゾクした。 (我ながら妙な性癖やと思うけど……)  私服姿も印象が全然違って、かわいくて、つい舐め回すみたいに見てしまった自分が蘇って恥ずかしくなる。  ベッドに寝転んで毛布を被ると、なぁさんの匂いがした。  この手に抱いても、まだ夢だったんじゃないかと不安になる。  そんな俺の不安を一瞬で解消してしまう声が聞こえた。 「いっちー?寝ちゃった?」  静かで落ち着いた声。  俺の真ん中にストンと落ちてくる心地良い声。  なぁさんの重みでベッドが沈んだのを感じて、声の主を毛布の中に引っ張りこんだ。 「うわわわわ」 「きゃっとかじゃないんや」  驚いた時の声が、想像したものと違ってつい口を滑らせて出た言葉に、分かりやすく不貞腐れた顔を見せられた。 「悪かったね。急な出来事にそんなかわいい反応できるわけないじゃん」  そう言って、出ていこうとする彼女を組み敷く。 見上げてくるなぁさんの目が、困ったように揺れて視線を外されてしまった。 (照れてんのもかわいいなぁ……) 「いつものジャージじゃないん?なんで?」  かわいい部屋着に着替えてきたのなんて、理由を聞かなくても分かってるのに、意地悪したくなる。 「今、洗濯中だから……」  顔を赤くして、分かりやすい嘘をつく彼女を前に、もともと薄かった理性がプチンと切れる音がした。 (策士、策に溺れるとはこのことやな……) 「無理、かわいい、しぬ」  そう言いながら、なぁさんの肩に顔を埋めて肌触りのいい生地を腰の辺りから捲ろうとした手を止められる。 「お腹空いたから、ご飯にしよ?ね?」  必死めの声で言われて、何とか動きを止める。  自分の欲望よりも、なぁさんに嫌われたくない気持ちの方が勝った。 「う~ん……」  目の前にお風呂上がりの好きな人がいて、手を出せないのがこんなに辛いとは思わなかった。 (拷問やん)  俺が諦めた事を悟ったなぁさんが、するすると逃げ出してしまった。 「朝はパン?ご飯?」  そんなの良いからベッドに連れ戻したい気持ちを押し込めつつ、パンと答える。  キッチンに向かう後を追って、ベッドを出た俺の姿を見たなぁさんが、堪えきれないように吹き出した。  なぁさんに借りたスウェットは、手と足の長さが全く足りてなくて妙な格好になっているのを思い出した。 「やっぱお父さん用のじゃ短かったか」  そう言って笑う彼女の声が心地よくて、こんな朝を毎日一緒に迎えられたらなと思いながら、なぁさんを後ろから抱きしめた。  
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!