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はじまり
間接照明よりも明るいモニターの光が顔に反射している。
そこには大きい黒目が印象的な綺麗な顔立ちの男の子が映っている。
『あ、ちょ!マジそれは卑怯!!』
『いっちーどこにいるの?』
「こっちも敵いっぱいいる!助けて!」
必死にコントローラーを操作して何とか画面の中の敵を倒そうと画策するも、あっけなく返り討ちにされてしまった。
「あぁ!やられた!」
ボイスチャットが繋がっているスマホに向かって話す。
唯一ビデオで繋いでるいっちーが、カメラに向かってにっこり微笑んだ。
『起こすからちょっと待ってて』
「ありがとぉ」
『一人で突っ込みすぎなんだよ』
『グロさん厳しい』
もう一人のボイスチャットの相手、GRORYこと誉の言葉をいっちーが笑って軽くしてくれる。
中学からの腐れ縁の誉に誘われて始めたオンラインゲームだが、なかなか上達しない。
そんな中、一年余り根気良く一緒に遊んで色々教えてくれるいっちーの腕前は上級者だ。
『灯、回復持ってる?』
「本名で呼ぶな、なぁさんと呼べ」
いっちーと遊ぶ時は殆どプレイヤーネームで呼ばれない。
「誉、後ろ来てるよ!」
オンラインとボイチャでのわずかなタイムラグのせいか、わたしの声空しく誉も倒されてしまった。
『お前も本名で呼ぶんじゃないよ』
情けない大人達の大人げないやり取りに、ハハハと軽快に笑っていたいっちーも呆気なく倒されてしまった。
『おい!いっちーがキャリーしなくてどうすんだよ』
『ごめん、グロさん達が笑かしてくるから』
「人のせいにしてたらいい大人になれないよ」
一旦コントローラーを置いて、いっちーが配信している画面を開く。
「わたし休憩。2人のプレイ見とく」
『おっけ』
『なぁさんにかっこいいとこ見せちゃお』
「おお、頑張れ」
マッチングを待っている間に、そう言えばと誉が話しかけてくる。
『灯、来週誕生日じゃなかったっけ?』
『え?そうなんだ』
「この歳になったら誕生日なんて一年のうちの通過点でしかないよ」
『祝ってくれる彼氏もいないしな』
「誉も同じだろうが」
『じゃぁお祝いマッチしようよ。友達にも声かけとく』
「え、いいよ。いっちーの友達若い子ばっかでしょ?」
『ばっかでもないよ。年齢層幅広いし、なぁさん達と変わらないくらいの人もいるよ』
ゲームが始まっても同じトーンで話しながら、次々と周りの敵を倒していくいっちーの画面を見ていたら酔いそうだった。
『俺らの歳っていっちーに言ったっけ?』
『この前言ってたじゃん。ちょうど10上でしょ?』
「10も上のおじとおばに付き合ってくれるなんて優しい子だよ」
『学生だけどお酒は飲める歳なんで子供扱いしないでください』
早口に言うのと同時に、敵に囲まれた中を見事突破していく。
「いっちー、かっこよ!!」
『このまま1位取っちゃうよ』
エイム、ガン決まりで出会う敵という敵をどんどん倒していくいっちーに、ただ付いて行くだけの誉が仕事なさすぎて爆笑してしまう。
わたしが参加していた時とは明らかに違う動きで、激戦区を生き残っていくのはさすがだ。
(シフトどうなってたっけ?)
いっちーのプレイに見惚れてないで、誕生日のシフトを確認する。
「あ、いっちーごめん。誕生日の日わたし仕事で上がり時間分かんないかも」
『そうなの?』
「うん、その日、店でメイク系YouTuberのキラリが来てイベントするんだわ」
『マジで?行きたい!』
『あ、おい!いっちー!!』
キラリの名前に過剰反応したいっちーが、モニターから目を離したせいで誉が無惨にも倒されてしまった。
「何?いっちーキラリ好きなの?」
『好きだよー』
「へぇ~。なんか意外」
『てか、なぁさんって化粧品メーカーで働いてんの?』
「そうだよ」
『高校時代はバリバリのギャルだったのにな』
「今はバリバリの美容部員だよ」
『場所教えてよ。行きたい』
「えぇ~、わたしが働いてる場所バレちゃうじゃん」
『イベント検索したらどうせバレるって』
笑いながら話していても、今度は画面から視線を外さず、誉を起こして次のエリアへ走って行く。
とりあえずイベントの詳細をいっちーにメールした。
『外で会ったらそれなりなのに、家では高校の時のジャージ部屋着にしてる干物女だからな』
『なにそれ?』
「いらんことバラすな」
『あぁ!無理!やられた』
『OK、任せろ』
誉は話しながら戦うことに向いてないようで、出くわした敵に瞬殺された。
いっちーが確実に敵を取ると、残り人数は3人。
あと敵を2人倒せば、いっちーの勝利だ。
『どこに隠れてるのかな?出ておいで~』
軽く節をつけながら索敵を始めるいっちーの目は本気モードだった。
それを見ながら、ネットリテラシーが高いのか低いのか分からないな……と思う。
顔を晒すのは、誉とわたしにだけらしいけど、見ず知らずの大人に顔を見せて、イベントとは言え会いに来ようとするのは、わたしの年代では少し抵抗がある。
『いた!』
いっちーの方が、ほんの数秒早く敵の姿を見つけて銃を打ち込む。
もう一人隠れていた敵も出てきたが、あっという間に決着が付いて画面にvictoryの文字が出た。
『やったぁ!』
嬉しそうに声を上げて、カメラに向かってドヤ顔でピースする。
口々におめでとうと言って一息つくことになった。
『DM届いた。大学の近くじゃん』
「え?そうなの?奇遇だね。ちなみに誉はそこから徒歩10分のスポーツ用品店で働いてるよ」
『お前~バラすなよ』
『え!じゃぁ3人で会おうよ!オフ会』
「マジで言ってんの?終わり21時とかだよ?」
『次の日講義ないから平気。グロさんも行けるよね?』
『ここで行かないって言ったら灯にシメられる』
何だかんだ言って、こーゆー時の誉はフットワークが軽い。
『終電なくなったらグロさん家泊めてね』
かわいくおねだりするいっちーにため息つきながらも、はいはいと答えたりもする。
サクッとお店の検索と待ち合わせ場所まで決めてしまう段取りの良さ。
長年友達付き合いをしながら、何で誉がモテないのか不思議ではある。
『めっちゃ楽しみ~。ずっと2人には会いたかったんだよね』
画面の向こうでニコニコするいっちーに少し心配になって尋ねる。
「いっちーって割と簡単にオフ会とかするの?危なくない?」
『誰にでもってわけじゃないよ。オフ会も数えるくらいしかしてない。俺って昔から人を見る目だけはあるんよ』
「どう言うこと?」
『パッと見て危ない人とか合わない人って分かる。匂いが違うんよね』
『何?いっちーって霊感的なのある人?』
『そーゆーんじゃないけど、ちょっと話せば分かる。だから2人には会っても大丈夫だと思ってた。でなかったら毎日のようにゲームしてないよ』
そう、軽やかに言っては笑ういっちーは造形関係なくかわいいと思った。
年齢的なもののせいか、年下に懐かれるのは嫌いじゃなかった。
何考えてるか分からない会社の新人より、いっちーの方が擦れてなくて可愛げもあるし……
「じゃ、終わったら連絡するわ」
『ついでにLINEも交換しとこ』
『スルッと懐に入ってくるね~上手いね~』
誉の言葉に照れくさいのを隠したいのかへへっと笑ってスマホを操作する。
しばくしてわたしのスマホにDMが届いた通知が鳴った。
開いてみるとイッチーからQRコードが送られて来ている。
(あ……わたしもLINE交換した方がいいのか)
ちょっとの躊躇いと操作に手間取っていると、先にいっちーの追加を終えた誉が
『これ何て読むんだ?〝そうた?〟』
『〝かなた〟』
『いちのせかなたって芸能人みたいな名前だな』
いっちーの本名を知って感慨深そうにしている。
(LINEも本名登録なんだ)
わたしは違うところで関心してしまう。
学校の知らせもLINEで届いたりするんだもんな……
そりゃ本名の方が良いか……
(これがジェネギャってやつかな)
連絡先を交換するだけで価値観の違いが生まれてるのに、毎日ネットで遊んでいて全然問題がないってのも不思議な感覚だった。
そんな考え事をしながらやっと操作を終えると、スマホ画面に芸能人みたいな名前〝一ノ瀬 奏多〟と表示されて追加する。
『グロさんとなぁさんのアイコンってお揃い?』
以前、誉と食べに行ったラーメンがチャーシュー爆盛りだったので、おもしろがって撮ったのをアイコンにしたら誉にマネされた。
それを説明すると、ふ~んと素っ気ない返事のあと
『付き合ってるわけじゃないんだよね?』
思いのほか冷めた声で言われて、誉が笑いながら否定する。
『小学校からの腐れ縁ってだけ。高校でやっと離れたと思ったのに大学が同じだったからな』
「中村と長尾で出席番号も近かったしなぁ。腐れ縁って以外呼び方ないよね」
『そうなんだ。それで働く場所も近くって運命なんじゃないの?』
『近すぎて灯は女と言うより妹みたいなもんだな』
「同い年のくせに偉そうだな。誉みたいな兄貴ならいらない」
社会人になって他のメンツと休みが合わなくなったせいで、今でも交流がある友人は片手で足りる。
その中のひとりに誉も含まれる。
『いっちーこそ彼女いないの?そんなにイケメンなのに』
誉に話を振られてカメラ目線になるものの、大きいため息と一緒に首を横に振る。
『付き合っても長続きしない。彼女といるよりゲームしてる方が楽しいし』
『趣味は大事だ』
「それを越える出会いがあればいいね」
『3人ともでしょ』
そりゃそうだと3人で笑いあってから今日は解散になった。
寝る支度をしていると、仕事関係以外では鳴らないLINEの通知音が鳴った。
――おやすみ また遊ぼうね――
いっちーから短い文と何のキャラか分からないブサカワなスタンプが送られて来る。
(かわいい奴だな)
〝おけ〟とだけ短く送るとすぐに既読がついた。
(LINEの画面みて思わずニヤけるのなんて何年ぶりだろ)
日頃は、仕事場と家との往復で話し相手もいない毎日だったのに、一年ほど前に誉に誘われてから生活が変わった。
気分転換のつもりが、どっぷりハマっている。
《顔、死んでるぞ?》
久しぶりに会った誉に言われて、やっと自分が追い詰められてることに気付けた。
だからと言って現状は変わらないけど、今のこの時間に癒されてるのは確かだ。
(また明日も頑張ろう)
誕生日の日に誰かに会うのも何年ぶりだろう……
学生時代に元彼に誕生日を祝ってもらったのが最後だ。
働き出してからお互いの休みが合わなくて、あっという間にダメになった。
それ以来、何となく付き合っては別れてを繰り返しているうちに気持ちが恋愛にシフトしなくなった。
昔の友達から結婚式の招待状が届いても、仕事を理由に参列出来ないうちに疎遠になってしまった。
気づけば人との交流が薄い人間になっていた。
《孤独死する未来が見える》
誉に冗談めかして言われたけど、間違ってはないなと思った。
(孤独死は嫌だなぁ……)
出来れば家族に囲まれて、安らかに死にたいと思いながら寝たせいか、年老いた顔も分からない旦那さんに手を握られて息を引き取る夢をみてしまった。
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