めがね男

1/1
4人が本棚に入れています
本棚に追加
/3ページ

めがね男

 一  「僕はぁ、綺麗な女性とお喋りがしたいんだ……だから頼むよ、結人(ゆうと)君」 眼鏡をした、いかにも頭が良くて真面目そうな半透明のおじさんが、下校中の俺に訴えた。  「うっせぇなぁ、俺は忙しいんだよ。タクと勝負する約束なんだよ」 俺が雑に返事をすると、おじさんはぼそりと呟いた。 「どうせ、対戦ゲームだろ?」 「そうだ。負けたらジュース奢らなきゃなんねぇんだよ。負けられねぇから、出てくんな」 俺はおじさんに回し蹴りをしたが、足は男をすり抜け、感触がないまま地に戻った。  俺は、なぜかおばけが見える。  それを伝えると、婆ちゃんは『結人が寂しくないように、奏子(かなこ)がしてくれたのかもしれないねぇ』と言っていた。  奏子とは、婆ちゃんの子どもで、俺の母親だと教えてくれた。奏子は、今は遠くにいて会えないのだと、彼女の顔も知らない五歳の俺に、婆ちゃんは教えてくれた。    婆ちゃんが死んでからは親戚を転々としていたが、一人で独り言とは思えない事を話している奇妙な子だと、親戚達から気味悪がられ、小学生になったのと同時に、施設に入った。  「そのゲーム、勝たせてあげようか」 家の俺の部屋に着くと、おじさんは低く言った。俺は机にランドセルを置きながら答えた。 「勝たせてくれるならいいけど、おじさんゲームとかしたことねぇだろ?」 「おじっ……僕は二一歳だ」 おじさんは怒鳴った。俺は財布とゲームと子ども用の携帯電話をリュックに入れながら言った。 「名前知らねぇし、おじさんでいいじゃん」 「よくない。お兄さんにしなさい」 「えぇ……めんどくさ」 俺がため息まじりに呟くと、おじさん、いや若いおじさんは低く言った。 「君も、いつか分かるよ」  二  俺が外に出ると、若いおじさんは不思議そうに聞いた。 「家でゲームをするんじゃないのか?」  「タクとの勝負は夜の八時。タクは、今日はスイミングの日だから、それが終わって夕飯喰ってからだ」 「そうか。君はどうするんだ?」 「俺は、公園行ったり駄菓子屋行ったりしながら、夕飯まで暇潰しだよ」 「そうか」 宿題やれよ。と若いおじさんはぼそりと言った。真面目なめがねだな、と思っていると、人気のない交差点で半透明で綺麗なお姉さんが立っていた。 「あっ、貴方が結人君ね」 お姉さんは俺を見ると笑って言った。すると若いおじさんは鼻息を荒くして言った。 「結人君、身体を借りるよ」 「は? おばけ同士なんだからそのままはな……うぉっ」 おばけは生意気でしつこくて強引だ。だから嫌なんだよな、と思っていると、俺は少しだけ気を失った。  「ありがとう、結人君」 若いおじさんは嬉しそうにそう言うと、満足そうな顔をして空へと昇っていった。天国に逝けたんだなと思っていると、お姉さんは笑って俺を見ていた。 「結人君?」 「え、あ……うん」 若いおじさんと何を話していたのかさっぱり分からないが、俺はとりあえず頷いた。お姉さんは笑って話した。 「さっきは、おばけの男の人が結人君になってたんでしょ?」 「わかってたの?」 「えぇ、私もおばけだからね。それより、結人君は大丈夫? おばけに身体を貸すと、しんどくなるって聞いたけど」 「平気。それじゃ……」 「待って、結人……君」 厄介な事を頼まれる前に逃げようと背を向けて駆け出した俺を、お姉さんは呼び止めた。俺が振り向くと、お姉さんは笑って続けた。 「私のわすれもの、取ってきてくれる?」
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!