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めがね男
一
「僕はぁ、綺麗な女性とお喋りがしたいんだ……だから頼むよ、結人君」
眼鏡をした、いかにも頭が良くて真面目そうな半透明のおじさんが、下校中の俺に訴えた。
「うっせぇなぁ、俺は忙しいんだよ。タクと勝負する約束なんだよ」
俺が雑に返事をすると、おじさんはぼそりと呟いた。
「どうせ、対戦ゲームだろ?」
「そうだ。負けたらジュース奢らなきゃなんねぇんだよ。負けられねぇから、出てくんな」
俺はおじさんに回し蹴りをしたが、足は男をすり抜け、感触がないまま地に戻った。
俺は、なぜかおばけが見える。
それを伝えると、婆ちゃんは『結人が寂しくないように、奏子がしてくれたのかもしれないねぇ』と言っていた。
奏子とは、婆ちゃんの子どもで、俺の母親だと教えてくれた。奏子は、今は遠くにいて会えないのだと、彼女の顔も知らない五歳の俺に、婆ちゃんは教えてくれた。
婆ちゃんが死んでからは親戚を転々としていたが、一人で独り言とは思えない事を話している奇妙な子だと、親戚達から気味悪がられ、小学生になったのと同時に、施設に入った。
「そのゲーム、勝たせてあげようか」
家の俺の部屋に着くと、おじさんは低く言った。俺は机にランドセルを置きながら答えた。
「勝たせてくれるならいいけど、おじさんゲームとかしたことねぇだろ?」
「おじっ……僕は二一歳だ」
おじさんは怒鳴った。俺は財布とゲームと子ども用の携帯電話をリュックに入れながら言った。
「名前知らねぇし、おじさんでいいじゃん」
「よくない。お兄さんにしなさい」
「えぇ……めんどくさ」
俺がため息まじりに呟くと、おじさん、いや若いおじさんは低く言った。
「君も、いつか分かるよ」
二
俺が外に出ると、若いおじさんは不思議そうに聞いた。
「家でゲームをするんじゃないのか?」
「タクとの勝負は夜の八時。タクは、今日はスイミングの日だから、それが終わって夕飯喰ってからだ」
「そうか。君はどうするんだ?」
「俺は、公園行ったり駄菓子屋行ったりしながら、夕飯まで暇潰しだよ」
「そうか」
宿題やれよ。と若いおじさんはぼそりと言った。真面目なめがねだな、と思っていると、人気のない交差点で半透明で綺麗なお姉さんが立っていた。
「あっ、貴方が結人君ね」
お姉さんは俺を見ると笑って言った。すると若いおじさんは鼻息を荒くして言った。
「結人君、身体を借りるよ」
「は? おばけ同士なんだからそのままはな……うぉっ」
おばけは生意気でしつこくて強引だ。だから嫌なんだよな、と思っていると、俺は少しだけ気を失った。
「ありがとう、結人君」
若いおじさんは嬉しそうにそう言うと、満足そうな顔をして空へと昇っていった。天国に逝けたんだなと思っていると、お姉さんは笑って俺を見ていた。
「結人君?」
「え、あ……うん」
若いおじさんと何を話していたのかさっぱり分からないが、俺はとりあえず頷いた。お姉さんは笑って話した。
「さっきは、おばけの男の人が結人君になってたんでしょ?」
「わかってたの?」
「えぇ、私もおばけだからね。それより、結人君は大丈夫? おばけに身体を貸すと、しんどくなるって聞いたけど」
「平気。それじゃ……」
「待って、結人……君」
厄介な事を頼まれる前に逃げようと背を向けて駆け出した俺を、お姉さんは呼び止めた。俺が振り向くと、お姉さんは笑って続けた。
「私のわすれもの、取ってきてくれる?」
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