元天才は本気を出せない

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「陣内君。昔は『天才』だったって、本当か?」 「そうらしいな」  クラスメイトの陣内勉は、他人事のようにヘラヘラと笑った。 「事故で頭打っちまって、天才は辞めた」  正確には「車に轢かれそうになった子供を助けたら、勢い余って頭をぶつけた」らしい。その場に居合わせた人の話では、まるで映画だったという。  頭ならさっきもぶつけただろ、とクラスメイトに囃され、陣内は「そうだっけか」とまた笑った。  実際、コイツは背がやたら高いので、教室の入り口でよく頭をぶつけている。わざとらしいほどよくコケる。  昔は超人的な記憶力・運動能力の持ち主だったらしいが、今や体育なんか毎回最下位だし、テストも良くて下の上だ。  だが、授業の時は別人のような真面目な顔でノートを取っている。時折、真剣にメモを取ったりスマホに何か打ち込んでいる。  その様子に、ずっと違和感があった。 「そうか。バカを演じてるのなら教わりたかった」  僕が聞くと、ますます笑った。周りのクラスメイト達も笑った。 「はは、なんでそんな面倒なこと。天才子役様は勉強熱心だなぁ」 「バカだと思われれば、少なくともそんな風に言われなくはなる。でも僕は…バカのふりも出来ない」  拳を握りしめた。教室はシンとなり、ヒソヒソと聞こえるだけになった。  僕、草生伯朗は『天才子役』と言われている。  小さい頃から物覚えがよく、少しばかり器用で、人の言う通りに動ける、ただそれだけの、友達ひとり作れないコミュ障陰キャ男子高校生だ。  でも、周りはそう見ない。親までも。  僕はまだ『天才子役』から、降りられずにいる。  降りたくて縋りついたのが、この元天才だった。  陣内は一瞬、別人のように真面目な顔をした。 「そっか、悪い。ふざけすぎた」  そしてポンポンと僕の肩を叩いて、ヘラヘラ笑った。 「今日ウチ来いよ、お詫びにケーキ奢る」  陣内の家はケーキ屋だった。
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