1人が本棚に入れています
本棚に追加
「陣内君。昔は『天才』だったって、本当か?」
「そうらしいな」
クラスメイトの陣内勉は、他人事のようにヘラヘラと笑った。
「事故で頭打っちまって、天才は辞めた」
正確には「車に轢かれそうになった子供を助けたら、勢い余って頭をぶつけた」らしい。その場に居合わせた人の話では、まるで映画だったという。
頭ならさっきもぶつけただろ、とクラスメイトに囃され、陣内は「そうだっけか」とまた笑った。
実際、コイツは背がやたら高いので、教室の入り口でよく頭をぶつけている。わざとらしいほどよくコケる。
昔は超人的な記憶力・運動能力の持ち主だったらしいが、今や体育なんか毎回最下位だし、テストも良くて下の上だ。
だが、授業の時は別人のような真面目な顔でノートを取っている。時折、真剣にメモを取ったりスマホに何か打ち込んでいる。
その様子に、ずっと違和感があった。
「そうか。バカを演じてるのなら教わりたかった」
僕が聞くと、ますます笑った。周りのクラスメイト達も笑った。
「はは、なんでそんな面倒なこと。天才子役様は勉強熱心だなぁ」
「バカだと思われれば、少なくともそんな風に言われなくはなる。でも僕は…バカのふりも出来ない」
拳を握りしめた。教室はシンとなり、ヒソヒソと聞こえるだけになった。
僕、草生伯朗は『天才子役』と言われている。
小さい頃から物覚えがよく、少しばかり器用で、人の言う通りに動ける、ただそれだけの、友達ひとり作れないコミュ障陰キャ男子高校生だ。
でも、周りはそう見ない。親までも。
僕はまだ『天才子役』から、降りられずにいる。
降りたくて縋りついたのが、この元天才だった。
陣内は一瞬、別人のように真面目な顔をした。
「そっか、悪い。ふざけすぎた」
そしてポンポンと僕の肩を叩いて、ヘラヘラ笑った。
「今日ウチ来いよ、お詫びにケーキ奢る」
陣内の家はケーキ屋だった。
最初のコメントを投稿しよう!