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(困りましたわ)
そこまで考えて形南は眉根を下げる。過去の事はもういい。問題は嶺歌をどう止めるかだ。
彼女は真剣な目で復讐をすると口にした。冗談などではない事は彼女の目の奥に宿る抑えきれていない怒りが十分すぎる程に物語っている。
嶺歌の気持ちは本当に嬉しいものだったが、それでも復讐をするのは問題があった。彼らを案じているのではない。できるものなら復讐はしている。それが出来ない理由が形南にはあるのだ。
「兜悟朗、嶺歌を止めて下さいな。このままでは本当に嶺歌は復讐をしてしまうわ」
運転席で黙々とハンドルを握る執事に形南は前のめりになって言葉を放つ。
しかしいつも従順な兜悟朗はその時だけ何故か、主人である形南の言葉に頷きはしなかった。
「お嬢様、申し訳御座いません。私は嶺歌さんをお止めするつもりは御座いません」
「……何故ですの?」
その返答は高円寺院家を裏切るという事だと口にしようとしたところで兜悟朗は再び言葉を口にする。
「嶺歌さんならば、そちらの問題に影響が出ないためで御座います。ですので私が嶺歌さんをお手伝いするつもりも御座いません」
「あら……?」
そう告げられ、形南は首を傾げる。暫し思考すると彼が何を言わんとしているのか理解できていた。そういう事だったのだ。
婚約者に浮気をされたからと、事を大きくし復讐を果たすのは財閥として相応しい対応とは決して言えなかった。
それが遺憾するものであったとしても、復讐という、財閥に似つかわしくない行動は控えるべきだとそう教育を受けていた。
家族から大事にされていると自負している形南が、父に懇願すれば復讐の許可を得られることは分かっていた。だがそれでは駄目なのだ。
家族が、親族がこれまで守り抜いてきた一族の誇りを形南の私的な感情で汚す事は許されない。それは形南自身の願いでもあった。
だからこそ、浮気を知った兜悟朗が柄にもなく怒りをあらわにし、復讐の許可を求めてきた時も彼を宥め、制した。
形南としても彼に対する怒りは中々収まる事がなかったが、家族のためを思うと黙っている事しかできなかったのだ。
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