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『申し訳御座いません。只今形南お嬢様は早朝のお稽古に行かれております。お戻りは夜になります為、急を要する事柄であれば私にお申し付け下さい』
早朝の七時に電話をかけた嶺歌は、第一声の兜悟朗の声に酷く驚いた。
かけたのは間違いなく形南の電話番号で、そもそも兜悟朗の連絡先は知らなかった。
本来主人の電話に出る筈のない執事の兜悟朗が何故彼女の電話に出ているのだろう。嶺歌は早朝である事も相まって上手く思考が巡らなかった。
「あの、どうして兜悟朗さんが電話に出てるんですか? あれなが出れないなら不在通知になると思うんですが」
主人のスマホを勝手に使用するなどあまりにも不敬ではなかろうか。いつも実直な兜悟朗がそんな事をするとは思えなかったが、考えても分からなかった嶺歌は直接尋ねてみる。
すると兜悟朗は尚も腰の低い丁重な言葉遣いでこちらの質問に答え始めた。
「形南お嬢様は本日、月に一度行われる秘匿事項のお稽古をされております。その際は私物の持ち込みが禁止されております為毎月私がお嬢様のお電話を代行させていただいているのです。こちらの件に関しましてはお嬢様からのご命令で御座います故ご容赦くださいますと幸いで御座います」
丁寧な説明でそう告げられ、嶺歌は驚く。秘匿事項の稽古にではなく、兜悟朗に自身の貴重品であるスマホを一任しているという事にだ。
兜悟朗の有能さはこれでもかという程に理解できていたものの、形南がスマホを預けるだけでなく使用許可を与えるほどに彼女は兜悟朗を信用しているのだというその事実に、嶺歌は二人の信頼の厚さを改めて認識していた。
(どうしよう……なるべく早く聞きたかったから、夜まで待つのもな)
嶺歌は形南に復讐をしてもいいのかどうか確認する為こうして電話をかけていたものの、彼女が不在である今どうするべきかで悩み始める。
顎に手を当てながら唸るが、そんな沈黙の間も兜悟朗は電話を切らずに静かに待ってくれていた。
(兜悟朗さんに聞いてみるのもアリだよね……?)
通常であれば嶺歌が第三者に知り合いの心情を尋ねる事はしない。
だが形南の場合はこうして彼女が全面的に信頼する兜悟朗という執事がいる。彼女の事を恐らく一番理解している彼であれば形南の事を尋ねても問題がないように思えたのだ。
きっと形南もそれに対して気分を悪くする事はないだろう。そんな確信的なものを持てるほどには形南と兜悟朗の関係を評価していた。
「あれなの事で聞きたい事があるんですけど」
『はい。何なりとお尋ね下さい』
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