28人が本棚に入れています
本棚に追加
竜脳寺の組み手が終わり、彼は館内の隅で汗を拭き取っている。
嶺歌は透明になったままの姿で彼のそばへ近寄るとそのまま事前に用意していた小さなメモを竜脳寺の目の前に浮かせて見せた。
不自然ではないように館内の窓は事前に開けており、風で飛んできたように演出をしてみせる。
そして当然急に現れたそのメモに竜脳寺は視線を向ける。彼がメモを手に取り内容を確認すると途端に一人で笑い始めた。
「どうしたんだ? 竜脳寺」
「いや、誰かは分からないが、僕に挑戦したい子がいるらしい」
その言葉を聞いた嶺歌は背筋が凍るような感覚に陥った。
彼の言葉遣いも、声の調子も、一人称も全てがあの日見た人物とは別人のようだったからだ。普段から体裁がよく見える様猫を被っているのだろう。
そう思うと形南への態度が益々気に入らない。竜脳寺の気持ちが悪いこの変わり様を目にするのは下調べをしていた時から知ってはいたものの、何度見ても慣れるものではなかった。
友人であろう男に話しかけられた竜脳寺は彼らに見えるようにメモを見せ始める。嶺歌が用意したメモにはこう書いていた。
『竜脳寺さんこんにちは。私は空手未経験者ですが、あなたにご指導いただきたく、また願うならば試合を申し込みたくこちらをしたためました。よければ六時に中庭グラウンドでお待ちしております』
最初のコメントを投稿しよう!