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(あれな……何…で……)
この声は紛れもない形南の声だった。そして地面に倒れると思っていた嶺歌の身体は痛みを感じる事なく、誰かの温もりに支えられる。
「嶺歌さん、お疲れ様で御座います。そして感謝申し上げます。どうかごゆっくり、お休み下さい」
兜悟朗の声だ。何故彼までこの場に……そう思う嶺歌の顔で察したのか形南は声を続ける。
「何故、というお顔をされていますね。私も考えておりましたの。高円寺院家の誇りを守るべきか否かを」
形南は嶺歌の視線に合わせるようにしゃがみ込むと、嶺歌に優しく微笑む。
「ですがそのような考え自体が愚かでしたわ。だって、私の大切なご友人が、一人で頑張られているのにこちらは何もしないだなんて」
形南は自身の胸元に手を添えてからぎゅっと両手を握りしめる。
「そんなの嶺歌の前でお友達だととても名乗れませんわ! 嶺歌、未熟な私をどうかお許し下さい。ここからは全て、私が承りますの!!」
そう告げると形南は嶺歌に背中を向け、竜脳寺の元へ歩を進める。
竜脳寺に夢中で彼女の登場に気が付かない外野達は、だがしかし数秒後、彼女の一声で瞬時に形南を見ることになる。
「お騒がしいですのよ」
形南の声は決して大きなものではない。だがそれでも透き通るほどに鮮明な声色が、グラウンド中に行き渡る。形南の一声で辺りは一瞬で静まり、その場にいた全員が形南に目を向けていた。
形南は囲うようにして責め立てられていた竜脳寺の姿に視線を向けるとそのまま周りを囲う野次馬らに焦点を置き換えて声を上げる。
「この方を罰していいのは貴方達ではありません。所詮は皆様傍観者で御座いましょう? 何故そのように責め立てるのです」
そう言うと形南は少しずつ竜脳寺の方へと歩を進める。言葉にし難い貫禄を放つ形南にその場にいた皆が、自然と足を後退させていた。
「それともこの方に何か危害を与えられた方でもいますの?」
形南はこの場にいる全員に向けて声を放っている。しかし彼女の問い掛けに答えるのは静かな沈黙のみだった。
「いませんのね?」
彼等の反応を首を動かしながら確認した形南はそう言葉を続けて放つと再び足を進めた。そしてそのまま竜脳寺の元まで辿り着く。
「それではこれ以上無抵抗のこの人を虐げるのはご遠慮願いますわ。虫唾が走りますの」
ピリッと何か空気が変わった。形南の威厳は確かに今この空間を制圧する。ピリピリとまるで肌が痛くなるかのようなこの空気に、多くの生徒達が額に汗を流していた。
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