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第十九話『招待されて』
野薔薇内の話が終わり、また別の話題で談笑を続けていると時間は更にあっという間に過ぎ、外は暗くなり始めていた。
「そろそろですわね」
「はい、お嬢様」
形南は途端に席を立つとそんな言葉を口に出し、それに兜悟朗が同意する。
嶺歌はそろそろ帰るべきかと二人の反応を見て思っていると兜悟朗がこちらの方へ近付いてきた。
「嶺歌さん」
「はい、どうかしましたか?」
嶺歌は不思議な思いで目の前に立つ彼に問いかける。兜悟朗が立って話しているのだから自分も席を立とうかとそんな事を思っていると、兜悟朗は唐突にこちらに手を差し伸べてきた。
「ご不快でなければどうぞこの手をお取り下さい」
「えっ? ああ、はい」
不快などとは微塵も思わない。だが何故という疑問は嶺歌の脳内を駆け巡っていた。唐突にどうしたのだろうか。
彼の手を取り、そのまま席を立つと兜悟朗はその手を離す事なく嶺歌をとある場所まで誘導してくる。
咄嗟に形南の方へ視線を向けると彼女はキラキラと目を瞬かせながらこちらに目線を向けていた。あの興奮ぶりは、いつ見ても彼女の無邪気さを認識させてくれる微笑ましいものであるが、彼女が今何に対して興奮しているのかはよく分からなかった。
「あの、兜悟朗さん。一体どこに行くんですか?」
率直に尋ねてみる。案内場所を知らされていない嶺歌は頭を疑問符で浮かべる事しかできない。
それにそろそろ兜悟朗の手を取ったままのこの状況も気恥ずかしくなってきていた。まるでドレスを身に付けて紳士にエスコートされている気分だ。決して嫌なわけではなかったが、どうにも慣れない。
すると兜悟朗は嶺歌の質問に柔らかい表情を向けてこんな言葉を発してきた。
「本日お会いした際に私からもお礼をと申し上げた事を覚えておられますでしょうか」
(……えーっと)
確かに言っていた。覚えている。だがそれは、あの数々のもてなしがそうではないのか。
嶺歌は頷きはするものの納得がいかない表情で兜悟朗を見返していた。だがそんな嶺歌とは対照的に彼の和やかな笑みは崩れる事がなく、そのまま嶺歌を案内していく。
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