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水族館の中は思っていた以上に人が多く、運が悪くない限り平尾にバレる心配はなさそうだった。
しかし慎重に慎重を重ね、嶺歌と兜悟朗は彼女らと一定の距離を保ちながら館内を歩いていく。
(あれな楽しそうだな)
暗闇の多い水族館ではあるが、嶺歌は夜目がきく。これは魔法少女の後遺症のようなものだ。
だが便利であるこの目はそのまま暗闇の中でも形南の表情を映し出してくれている。
「順調そうです、あれな笑ってますよ」
嶺歌は兜悟朗にそう言葉を向けると彼は柔らかげな顔をして「嬉しい限りで御座います」と言葉を溢す。
この彼の心底嬉しそうな微笑みは、兜悟朗にとって如何に形南という存在が大切で、守るべき人物であるかをよく知れるものであった。
形南と平尾の尾行に集中し、時にはツーショットを撮影する事に集中していた二人が私語を話す事はなかった。
形南に関する事柄だけを仕事のように話し、後は尾行に時間を費やす。二人は他者が付け入る隙も与えないほど尾行に専念していた。
そうしている間にあっという間に午前中が終わり、形南と平尾は館内にあるフードコードで昼食を摂り始める。
そうして平尾が席を立つと途端に形南からレインの新着メッセージが届いた。
『平尾様とランチですの♡ 嶺歌と兜悟朗もお疲れでしょう。十三時までは尾行をおやめになってゆっくりと休んでちょうだいな』
そんな内容のメッセージが届くが、それでいいのだろうか。
形南の気遣いは純粋に嬉しいが、形南の事だから食事中の尾行も是非お願いしたいですのっ! と言いそうなものである。
しかしそう思っている嶺歌とは対照的に兜悟朗は『畏まりましたお嬢様。ごゆっくりお楽しみ下さい』と迅速な返事を返し、嶺歌の方を見ると「それでは参りましょうか」と和やかな笑みで語りかけてきた。
「ほんとにいいんですか? あれなはああ言ってますけど、二人で食べている写真を撮っておいたら喜ぶのでは?」
嶺歌は率直な意見を口にすると兜悟朗は尚も笑みを崩さぬまま小さく一礼をして「お嬢様を思って下さり有難う御座います」と口にする。
そうしてそのまま言葉を続けてきた。
「ですがご心配には及びません。お嬢様にお付き合い下さった嶺歌さんへのお気持ちと思っていただけたらと思います」
そう言ってから兜悟朗はそっとこちらに手を差し伸べてきた。
「宜しければ私と昼食でも如何でしょうか」
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