第二十三話『フラグのような』

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「一つ聞いてもいいですか」  嶺歌(れか)は聞いてみたい事があった。兜悟朗(とうごろう)の事はこの数ヶ月間でそれなりに理解できていた。しかしやはり聞いてみたい事はある。  突然の嶺歌の申し出にも兜悟朗は変な間を置く事もなく「勿論で御座います」と穏やかに声を発した。 「兜悟朗さんは、あれなの専属執事ですけどその前に誰かに仕えていた経験はあるんですか?」  素朴な疑問だった。以前から気になっていたのだ。兜悟朗ほど優秀な執事であれば、数々の経験を得てきたに違いないとそう思ったからだ。  これまで財閥とは無縁に生きてきた嶺歌にとって、まるで魔法や超能力を持っているかのような兜悟朗の優秀な仕事ぶりには何度感心させられたか分からない。  彼の万能すぎるその腕前は一体どのようにして培われてきたものなのか、それを知りたかった。 「いいえ、(わたくし)がお仕えしていますのは、形南(あれな)お嬢様お一人のみで御座います」 「えっそうなんですか!?」 「左様でございます。お嬢様には(わたくし)が執事としての務めを始めたその日から、長らくお仕えさせて頂いているのです」  兜悟朗の意外な返答に嶺歌は驚いた。形南に仕える前に何人か主人がいたものだと思い込んでいたが、それは嶺歌の勝手な憶測だったようだ。  しかしそこで嶺歌は思い出す。そうだ、形南が言っていた。 ―――――『もう八年も前のことですのよ』  嶺歌が初めて形南の家に訪問した際に、手作りクッキーを渡した日の形南の言葉だ。  形南がアレルギーで倒れた時の事に、未だ胸を痛めていた兜悟朗の反応を見た嶺歌が疑問を持っていた為、形南が説明をしてくれたのだ。  あの時はつい聞き流してしまっていたが今思うと八年も前というのは………… 「そしたら八年以上……仕えてるって事ですよね」  純粋に凄いと思った。同じ人物を八年以上の年月をかけて全力で守り、支えているという事に。  仕事とはいえ、兜悟朗は住み込みで働いており、形南に何かあれば二十四時間年中無休で働いているのだ。改めて考えると凄いという感想以外に言葉が思い付かない。 (人間…だよね)  思わず本気でそう思ってしまうほどだ。  彼も人間を超越した能力を身につけたエスパーか何かなのだろうかと考えた事が何度かあった。実際、それを形南に聞いた事もある。  だが形南本人に笑われてすぐに彼はただの一般的な人間なのだと理解した。  形南が嘘をついている様にも、執事の兜悟朗が主人に秘密を持っているとも思えない為、彼が人間である事を疑うのはそこで止めた嶺歌だったが、それにしても兜悟朗のスペックの高さは本当に何度見ても感心するものばかりだ。
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