第二十三話『フラグのような』

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 突然の問い掛けを不思議に思いながらも嶺歌(れか)はその日の事を思い出しそう答える。  兜悟朗(とうごろう)と恋仲になればいいと形南(あれな)に言われた時の衝撃は中々に大きかった。  そんな嶺歌の反応を確認して兜悟朗は再び言葉を続けた。 「形南お嬢様が当時あのように口にされた事には理由が御座います。(わたくし)が恋心を学び損ねたばかりに、お嬢様は気を遣って下さったのです」  そうして兜悟朗は自身の過去の話をしてくれた。  形南に仕えるまで過去に数人の女性と恋人関係を築いてきたが、一人の異性として愛するという感情が分からず結局長くは続かなかったのだと。  兜悟朗は学生時代の間に当時交際していた恋人と別れると、卒業してからそのまま形南に仕える形となり、それ以降は誰とも恋仲になる事がなかったとそう話していた。兜悟朗の初めて知るその情報に驚きながらも嶺歌は考える。 (あたしも兜悟朗さんみたいに恋心って分からないけど)  だが嶺歌の年齢で恋を知らない人間は数多くいるだろう。  それに比べて兜悟朗は嶺歌よりもっと歳を重ねている。彼の歳になっても恋がわからないという事は嶺歌の立場とはまた違うのだろう。  彼の話が一段落すると嶺歌は無意識に兜悟朗の顔を見る。そして目が合い、彼は柔らかな笑みをこちらに向けてきた。  すると兜悟朗のスマホのアラームが小さく鳴り出した。  彼はスマホを素早く手に取りアラーム音を止めると「時間で御座いますね」ともう一度柔らかな笑みを向けてテーブルに置かれた伝票を持ち出す。 「それでは参りましょうか」 「…はい、そうですね」  嶺歌が席を立つと兜悟朗も席を立つ。急かさないところは相変わらず彼らしく紳士的だ。  彼に恋をした女性はきっとたくさんいるだろう。こんなにも相手を敬い、気遣える男性なのだ。心を奪われる女性がいても何も不思議ではない。  だが彼は形だけでしか彼女らの気持ちに応える事はできなかった。心から応えたいと、真面目な彼ならば何度も思った事だろうに。 (素敵な人なのにな)  本当に無意識にそう感じている自分がいた。異性の事を嶺歌が素敵だと思うのはこれが初めての事だった。
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