第二十五話『初恋が来る』

8/9

28人が本棚に入れています
本棚に追加
/520ページ
 それを少し残念だと思う自分がいた。これはダメだ。完全に兜悟朗(とうごろう)に心を奪われてしまっている。  そんな事を思いながらも、形南(あれな)嶺歌(れか)に微笑みかける兜悟朗から視線をそっと外す。彼への想いを完全に自覚していた今は、平静でいられそうになかった。 「ご、ごめん。遅くなった?」  すると聞き慣れない声が三人の元へ降り注ぐ。平尾だ。彼は約束の五分前にやってきた。これで全員集合だ。 「平尾様、お早う御座いますですの! 遅くなどありませんの。まだ時間の五分前ですのよ」 「そ、そっか良かった。あ……よ、よろしくお願いします」  平尾は自身より遥かに長身の兜悟朗を目にするとハッとした様子で小さく会釈をする。  二人が並んでいるところを見るのは初めてであったが、兜悟朗と平尾がこうして会うのはどうやら初めてではないようだ。きっと嶺歌がいないところで会っていたのだろう。  兜悟朗はにこやかな笑みを平尾に向けて綺麗な一礼を見せる。 「数日ぶりで御座います平尾様。お先にご挨拶を頂いてしまい申し訳御座いません。また本日もこのように改めてお会い出来ました事、誠に光栄で御座います。本日はどうぞ宜しくお願い致します」  兜悟朗が丁重にそのような挨拶を彼に向けると、平尾は慣れていないであろうその丁寧な彼の姿勢に戸惑いを見せながら「あ、こ、こちらこそよろしくお願いします」とお辞儀を返していた。  平尾のお辞儀は辿々しく、しかしそんな挨拶にも兜悟朗はにっこりと笑みを溢している。 (紳士的だ……)  そんな彼らの様子を見て嶺歌は改めてそう思う。  しかしいつもと違うのは、そのような感想を抱くと同時に自身の鼓動が速まっている事だ。  嶺歌は兜悟朗から目が離せず、彼の今日の装いを無意識に確認していた。  シンプルな白Tシャツの上に生地が涼しげなジャケットを羽織り、落ち着いた色のスラックスを履いて歩きやすそうなスニーカーでしめている。 (うわあ……カッコいい)  いつもの正装ではなく、ラフな装いをしている兜悟朗のその姿は今の嶺歌には目の保養であった。高級なものであるのかは嶺歌には判別できなかったが、彼の衣服は遊園地というこの場によく似合っている。  気がつけばTPOを意識された彼のファッションスタイルに釘付けになっている自分がいた。
/520ページ

最初のコメントを投稿しよう!

28人が本棚に入れています
本棚に追加