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観覧車の中は賑やかな外に比べて静まっており、入った数秒間だけ公式のアナウンスがスピーカーから流れていた。
それを耳に入れながらも嶺歌は緊張で目の前の兜悟朗を意識する。
兜悟朗は和やかな表情をしながら外に目を向けており、彼から放たれる優しい雰囲気に気持ちが高鳴っていた。
いつでも穏やかで冷静で紳士的な彼が、今目の前にいる。
二人きりで揺られるこの空間に、緊張を感じてはいてもこの状況を喜んでいる自分を否定する事はできなかった。
「兜悟朗さん、一人称を変えられた理由を聞いてもいいですか」
嶺歌は単刀直入に尋ねた。兜悟朗がどのような理由から嶺歌の前でだけ一人称を変えようと思い至ってくれたのかどうしても気になったのだ。
特別な理由を期待していない訳でもないのだが、彼の恋愛的な意味合いを期待しての質問ではなかった。自分の片思いである事はよく理解している。
「勿論でございます」
すると兜悟朗はいつものように柔らかく微笑みを向けてくるとこちらを真っ直ぐに見つめて、ゆっくりと口を開き始めた。
このように笑みを溢してくるあたり、やはり彼の大人らしさを実感する。全く動じた様子を見せない兜悟朗のその笑みは、嶺歌の心を何度でも動かしていた。
「形南お嬢様と平尾様の尾行を行った日の夜の事を覚えておられますか」
兜悟朗はこちらに確かめるようにそんな言葉を口にする。忘れられる訳がない。あれは本当に驚いたが、とても嬉しい事だったのだと、今ならよく分かる。
他でもない兜悟朗にあのような事をされた事実は嶺歌にとってかけがえのない出来事へとなっていたからだ。
嶺歌ははいと頷くと兜悟朗は再び微笑んで言葉を続けた。
「あの日、僕は貴女にお誓いしました。これから貴女に何か起こり得るのならば必ずお嬢様と僕がお力になると」
その言葉も――――忘れられる筈がなかった。
彼にされた手の甲への口付けが一番印象的に残っているとしても、あの日の兜悟朗の発言は何もかもが嬉しくて、嶺歌の心にずっと大切に残っている。それはきっとこの先も変わらない。
「嶺歌さんは形南お嬢様の大切なご友人です。ですが、僕にとっても貴女の存在はとても大きく感じられます」
「え……」
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