第二十七話『報告と苗字』

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 だが兜悟朗(とうごろう)の一人称に関してだけは黙秘する事を決めていた。  彼は自分の主人に砕けた言葉で会話をする執事の印象を抱かせたくないとあの日確かに言っていたのだ。彼の意向を無視して形南(あれな)に伝えてしまうのは嶺歌(れか)も望んではいない。  そのため兜悟朗の一人称の件以外の話を形南に話す事にしていた。  形南と平尾の尾行をした帰り際に、兜悟朗に手の甲へキスを落とされた事。そして、遊園地で彼を好きだと自覚した事。それ以前に彼にときめきを感じていた時の話もした。  一通りの説明を終えると形南は頬を上気させ、心底嬉しそうな笑みを口元に浮かび上がらせながら「堪らないですわ」と声を上げる。 「兜悟朗がまさか嶺歌に口付けをしていたなんて初耳ですの! 不快でなかったようで何よりですわ! いえ、むしろ今の嶺歌にはご褒美になるのかしらっ!? きゃ〜〜〜ですの!!!」  そう言って両の頬に手を当てて首をブンブンと左右に振る形南の姿は嶺歌の火照った頬を更に上昇させていた。  彼女の言っている事はまさにその通りだからなのだが、このようにして客観的な意見をもらうとやはり恥ずかしい。 「そうだね、凄く嬉しかった……だけど兜悟朗さんにとってあたしがどう映ってるのかは凄く気になる」  嶺歌は正直な思いを形南に吐き出した。  何度でも直面する問題だが、兜悟朗が年の離れた嶺歌をそのような目で見てくれるとは思えない。  彼が恋心を覚えるのなら、きっとそれは自身と年齢の近い二十代の女性になるのではないだろうか。 「嶺歌、恋とは不可能を可能にしますのよ」  すると唐突に形南はそんな言葉を口にした。嶺歌が内心でどう思っているのかを見透かしたかのようにそう告げるとこちらに微笑みを向けながら言葉を続けていく。
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