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「平尾君との話、後で聞かせてね」
嶺歌がそう笑みを向けると形南は心底嬉しそうに何度も頷いてからリムジンを降車した。
目的地には兜悟朗の見事なハンドル捌きで思っていた以上に早く着いていた。
そのまま兜悟朗が形南をエスコートし、平尾の家である一軒家の前まで到着すると「ここまでで宜しくてよ」と言う形南の一声で兜悟朗はリムジンを発車させた。
平尾の家の前で意気込む様子を見せる形南に目を向けながら嶺歌は再びリムジンに揺られ、形南の姿は次第に見えなくなっていく。
(あれな頑張れ)
そう思い、正面に体を戻すと兜悟朗と二人きりである事を認識した。
まさかこのような形で彼と二人きりになれるとは思いもよらず、リムジンという一般車よりは広いこの空間でも、密室で二人というこの状況は嶺歌の鼓動を加速させていた。
(兜悟朗さんと二人きりだ……)
自然と顔が火照っていくのを感じながら、しかし話す言葉も見つからず嶺歌は窓の外に目を向けた。
窓から反射し僅かに見える兜悟朗の顔にドキドキと胸を高鳴らせながらも嶺歌は平常心を意識する。
そしてふと兜悟朗の運転する車に意識を向けてみた。兜悟朗の運転はいつも丁寧であり、安心してこの身を預ける事が出来る。
嶺歌の母や義父は運転が荒く、彼女らの運転する車に乗りたいと思った事はなかった。
嶺璃もそれは同じのようで、家族で出掛けようという話の時には決まって電車やバスなどで移動する事を提案している。
しかし兜悟朗の運転は本当に静かで優しく、乗り心地はこれ以上ない程に良かった。これは彼を好きになる前から、ずっと感じていたことだ。
(心の優しさが、運転に表れてるのかな)
そんな事を思いながら、改めて兜悟朗の素敵なその姿を嶺歌は見つめた。見つめながらも、長くは見すぎてしまわないよう少ししてからゆっくり目を離すと「嶺歌さん」と彼の声が嶺歌の鼓膜に響く。
驚いてもう一度兜悟朗の方へ目を向けると彼はバックミラー越しに微笑みを浮かべてこんな言葉を口にした。
「お時間が宜しければ少々お付き合いいただけませんか」
「え……?」
「ドライブで御座います」
兜悟朗から予想外のお誘いを受け、嶺歌は途端に嬉しさが込み上げてくる。
断る理由などどこにもなく、二つ返事で頷くと兜悟朗は笑みをこぼしながらありがとう御座いますと口を開いた。
きっと試験勉強の事を気にしてくれたのだろう。しかしこれ以上ないほどの展開を前にしている今、勉強などは二の次であった。
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