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そして嶺歌の了承を得た兜悟朗がそのまま車を発進させた先の場所は、夜景が綺麗に見える静かな河川敷だった。
どことなく神秘的な背景は、都会とは少し異なって見え、そんな幻想的な場所に嶺歌は思わず息を呑んだ。
「綺麗……」
リムジンが停車すると直ぐに兜悟朗が嶺歌のエスコートをしにドア付近まで来てくれる。
丁寧に彼から手を差し出されて自身の手を重ねる行為はいつまで経っても慣れそうにない。きっとこの先も、嶺歌は照れながら兜悟朗に手を合わせるのだろう。
兜悟朗は優しい手つきで嶺歌を降車させるとそのまま背後に広がる綺麗な夜景に焦点を当てた。そして隣に立つ嶺歌に言葉を発する。
「こちらの夜景は、形南お嬢様がお一人になられたいと仰られた際に僕がお連れする場所で御座います」
「あれなが……」
「はい。お嬢様がお気に入りの御所なのです」
目を開いただけで全てが美しく見えるその風光明媚な情景に、嶺歌は目を奪われる。
形南がよく訪れる場所であると聞いて、彼女のお気に入りであろうこの景色を嶺歌にも共有しようと思ってくれた兜悟朗の気持ちがまた嬉しい。
兜悟朗が何を思ってここまで連れてきてくれたのかは分からない。それでも彼と二人で来られた事や、嶺歌を連れてこようとしてくれたその気持ちが酷く喜ばしく、その嬉しい思いは日を追うごとに膨らんでいた。
「凄く綺麗で感動しました。街のはずれにこんな所があったんですね」
嶺歌が率直な感想を告げると兜悟朗は穏やかな笑みをこちらに向けたまま嶺歌の言葉に声を返してくる。
「お気に召して頂けたようで何よりです。嶺歌さんも日頃の活動でお疲れでしょうから、こちらの景色で癒していただければと思い至ったのです」
「……」
(え?)
兜悟朗は和やかな笑みを見せながらそんなとんでもない言葉を口にする。
彼が嶺歌の事を労ってわざわざこんなところまで連れてきてくれたという意図を知り、嶺歌は嬉しさでどうにかなってしまいそうな思いに駆られた。
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