第二十九話『放課後』

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 形南(あれな)は頬が落ちてしまいそうな程に顔を緩めて満面の笑みで平尾に問い掛ける。  しかし平尾はあまりの衝撃のせいか、形南を見つめたまま口を開けて静止を続けていた。 「ちょっと、聞いてる女の子に感想もなし?」  嶺歌(れか)が痺れを切らして彼にそう口を出すと平尾はハッとした様子で「ご、ごめん」とようやく言葉を発し始める。  しかし形南は全く問題がないといった様子でうふふと声を漏らしながら笑顔を維持していた。形南はきっと平尾のこのようなところにも好意を持っているのだろう。  そう気が付いた嶺歌は口を挟むのは止めにしてしばらくは時の流れに二人を任せる事にした。自分が口を挟むのはここまでだろうとそう感じたのだ。 「あ、あれちゃん似合ってる……か、可愛い…ね」  しばらくの沈黙の後、平尾はそんな言葉を彼女に向ける。それを聞いた形南は心底嬉しそうに「ありがとうございますの」と声を返すといつもとは違った様子で顔を下に向けて何やら照れているようだった。  形南が顔を赤らめているのは、平尾の前ではいつもの事であったが、このように恥じらいを見せているのは初めてのように感じられる。  嶺歌はいい雰囲気になっている二人をそっと離れた位置から見守っていると兜悟朗(とうごろう)が小声でこちらの名を呼んだ。そしてこのような言葉を口に出す。 「微笑ましいご様子で御座いますね」  形南と平尾の事を言っているのだろう。彼の声色は穏やかでどこか嬉しそうだ。  嶺歌も同じ事を感じていたため運転席の近くまで移動すると兜悟朗に目を向けて言葉を返す。形南と平尾には聞こえないように嶺歌も声を顰めて言葉を発していた。 「あたしもそう思います。あとひと押しだと思うんですけど……」
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