第三十話『二人の雰囲気』

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 焼きたての今川焼きを二個手にした嶺歌(れか)はそのまま商店街の外へと出てから黒いリムジンの方へ足を動かしていた。  嶺歌の姿に気が付いたのか兜悟朗(とうごろう)はこちらが到着する前に直ぐに外へ出ると丁寧な一礼をする。 (本当、律儀な方だ)  嶺歌がそう思いながら兜悟朗の行動に気持ちを高鳴らせていると「嶺歌さんお帰りなさいませ」という言葉の後にどうかしたのかと彼が尋ねてきた。  予定よりも早く、いきなり一人で戻ってきたのだからそう聞かれるのも当然の事だろう。  嶺歌は今川焼きを兜悟朗に手渡しながら一緒に食べませんかと思い切って誘ってみることにした。  兜悟朗は柔らかな笑みを向けて再びこちらにお辞儀をしながらお礼の言葉を述べてくる。そうして丁重に嶺歌から今川焼きを受け取ってくれた。それだけで嶺歌の心はとてつもない程の喜びで溢れていた。 「実はあれなと平尾君がいい雰囲気だったので、二人きりにした方がいいと思ったんです」  リムジンの中に乗車し、兜悟朗と二人で今川焼きを食べながら嶺歌は自分が抜けてきた理由を説明する。兜悟朗は静かにそれを聞いてくれていた。 「さっきも話したと思うんですけど、あの二人はもう少しでカップルになるんじゃないかなって思いました」  そう言って今川焼きの粒あんを口に入れて味を楽しんでいると、兜悟朗は左様でございましたかと言葉を返してくる。 「お心遣いいただいたのですね、お二方の為に有難う御座います」  兜悟朗はそう言って嬉しそうな、にこやかな笑みをこちらに見せる。  そのような彼の優しげな笑みは、嶺歌にとってとんでもない威力を持っているのだが、本人は気付く訳もあるまい。  嶺歌はほのかに赤らんだ頬をどうにかしようとして「全然です! 美味しいですね」と早口に話題を切り替える。  そんな嶺歌に尚も微笑ましい視線を向けてくる兜悟朗はそうですねと同意の声を出してくれていた。
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