第三十話『二人の雰囲気』

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 そのまま今川焼きを食べ終え、今更ながらに喉が渇いた事を実感する。  嶺歌(れか)は自身のペットボトルを飲み切っていた事を思い出し、自動販売機で飲み物を買ってこようと兜悟朗(とうごろう)の方に顔を向けると、彼はいつの間にか嶺歌の目の前に未開封のペットボトルを差し出していた。 「今川焼きのお礼で御座います。どうぞこちらをお飲み下さい」  嶺歌が奢られることに躊躇いを持つ性格である事を兜悟朗は熟知してくれているのか、そのように言葉を発すると再び優しい笑みを向けてきた。  嶺歌はドクンドクンと激しく動悸がするのと同時に嬉しい気持ちで胸が溢れ出しそうになりながら、そっと差し出されたペットボトルに手を伸ばしお礼を告げる。  嶺歌と合流してから買いに行く様子はなかった事からきっと一人で待っている間に全員分の飲み物を購入してくれていたのだろう。  本当に、兜悟朗は気が利いて完璧で紳士的な人だ。そう改めて感じ、嶺歌は胸が熱くなった。 「夏休み、兜悟朗さんは休暇を取るんですか?」  ふと気になった事を尋ねてみた。  執事と言えども少しの休暇くらいは許されるはずだろう。彼も一人の人間だ。休暇なくして働く事はどんな万能な人間でも不可能だ。  嶺歌だって誇りに思っている魔法少女の活動を年中無休で行う事は流石に無理である。  すると兜悟朗は口元を緩めたままこんな言葉を返してきた。 「休暇は僕には必要ありません。ですからこれまで通り形南お嬢様にお仕えさせて頂く予定で御座います」 「えっ一日も休まないんですか!?」  何の問題もないかのようにそう笑みをこぼして断言する兜悟朗に思わず嶺歌は声のボリュームが上がる。  しかし兜悟朗はそんな嶺歌を前にしても全く動じた様子を見せず、柔らかな表情で問題ありませんと言葉を返してくる。 「嶺歌さんの事ですから僕をご心配くださっているのでしょう」  すると兜悟朗はそう言って嶺歌の方に視線を合わせる。彼の深緑色の瞳はこちらを見据えているにも関わらずどこか温かくて優しい。  嶺歌もそんな彼から目を逸らす事はできず目線を返していると兜悟朗は先程よりも僅かに目を細めて言葉を続けてきた。
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