第三十三話『家庭』

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 瞬間嶺歌(れか)は目の前が真っ白になった。しかし子春はそんな嶺歌に気づく事なく言葉を並べ立てていく。 「実の父親は蒸発……母親はキャバクラで出会ったご客人と二年前に再婚」 「そんな不幸な家庭の元で育った者が、高円寺院(こうえんじのいん)()の方々と親密になれるとお思いで? 本当に身の程知らずですよ」  子春は悪びれた様子もなく淡々と言葉にしていく。彼女は、汚いものを見るかのような目つきで嶺歌を上から見下ろすと、とても丁寧な人物が放つ言葉とは思えない発言を尚も続けてきた。 「今すぐ出て行ってください。その品格も何もかもが劣っているみすぼらしい貴女が、高円寺院家に入られている事自体が不愉快でなりません。恥ずかしい家庭で育った貴女なんてこの場に不相応なのですよ。形南(あれな)お嬢様にも、宇島(うじま)先輩にも失礼です。貴女はあの方々に相応しくない。本当、浅ましいですよ」  そう言ってバンッとテーブルを叩いた。威嚇とも取れるこの行為は、間違いなくこちらを敵視しているのだと彼女の言動全てで物語っている。  恐怖? そんなものは感じない。悲壮感? そのような感情になれる程、嶺歌の心は弱くはない。それならば罪悪感? あるわけがない。他でもない、形南と兜悟朗が嶺歌を認めてくれているのに、そんなもの、感じる訳がないだろう。  子春に言われるがままだった今の嶺歌の心は、ただただ彼女に対する怒りだけだった。  恐ろしさでも、悲しさでも、申し訳なさでもない。そのような言葉を簡単に口に出せてしまう非常識なこのメイドに――――紛れもない大きな憤りを感じていた。 「不幸だなんて思った事一度もないんですけど」  躊躇いなく嶺歌は声に出していた。口に出した嶺歌は驚いた表情でこちらを見返す子春に視線を向ける。
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