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すると途端に聞き慣れたある執事の声がシンと静まった広い空間に響き渡る。
いつの間にか閉ざされていた出入り口の扉は開かれており、扉からは兜悟朗の姿が現れていた。
嶺歌は驚き、しかしそれは子春も同じようでそれぞれ目を見開きながら兜悟朗に視線を奪われていた。
兜悟朗はいつもの穏やかな雰囲気とは打って変わり表情は険しく、怒りを静かに露わにした様子で子春の方まで足を動かす。
そうして彼女の近くまで足を運ぶとそのまま子春を見下ろしながら言葉を放ち始めた。
「今直ぐ嶺歌さんに謝りなさい」
兜悟朗がこのような命令口調を誰かに向けている瞬間を嶺歌は初めて目にしていた。
彼の表情は勿論の事目すらも全く笑ってはおらず、憤りを感じている様子が見ただけで理解できる。それほどに今の兜悟朗は怒っている様子だった。
「大切なお客様に、他でもない嶺歌さんにそのような失礼な態度は私が許しません。他所様の家庭内事情を言及するなど言語道断。無作法にも程がありますよ。メイドともあろう者が……六つも離れた年下のお方に大人気ない。そのようなメイドは高円寺院家の従者として相応しくありません」
兜悟朗ははっきりとそう口にする。嶺歌は兜悟朗の予想外の出現に驚きを未だ隠せず、ただただ彼の姿を注視していた。
兜悟朗に言葉を向けられている子春も言葉を返せないのか、顔を青ざめさせ言葉を失っている様子で彼を見返している。すると兜悟朗は再び口を開いた。
「嶺歌さんは私にとって大切な御客人です。形南お嬢様にとってもそれは同じ。そのようなお方に君は無礼を働いたのです」
「出て行きなさい」
「二度と高円寺院家の敷居を跨ぐ事は許しません」
「君のようなメイドは必要ありません」
兜悟朗のいつもとは異なるえも言えぬその強いオーラは、嶺歌を堅守してくれているものなのだと感じ取れていた。
嶺歌は兜悟朗の言葉に胸が熱くなり、言葉にし難い感情が自身の心中を駆け巡ってくる。
このような形で、誰かに護られるとは思ってもいなかった。
感じた事のない不思議な思いが、身体全体に流れる熱と共に嶺歌の心を満たしてくる。そうしてそこで嶺歌は思い出していた。
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