第三十三話『家庭』

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 兜悟朗(とうごろう)嶺歌(れか)に接触する前に、嶺歌に関する情報を調べていた。  調査の際に嶺歌の家庭環境の事は絶対に知っていた筈だ。しかし彼には家庭環境に関して一度も言及された事はなかった。  調べれば簡単に分かってしまうようなこの情報を、兜悟朗も形南(あれな)も嶺歌に向けて話題にして触れてきたことはなかったのだ。  それは二人の心遣いがどれほどのもので、二人がよく出来た人間であるのかを表していた。あえて口にしてこなかったのだと、今思うとそう納得する事が出来る。  それはきっと同情心からではなく、兜悟朗と形南自身が触れる必要のない話題として触れてこなかったのだろう。  嶺歌はその事に今更ながら気が付き、じんわりと胸の奥が再び熱くなるのを感じていた。 「和田(わだ)加藤(かとう)。この者を今すぐ敷地の外へ」  兜悟朗のその声で嶺歌はハッと我に返る。  途端に兜悟朗の背後にいたらしい二人の執事が子春の両脇を抱えて彼女を強制的に退場させていく。  子春は焦った様子で「宇島(うじま)先輩っ! 申し訳ありません! ですが私はっ……!!!」と必死に声を上げていた。  だがその声に彼女を連れていく二人の執事が足を止める事はなく、そのまま子春は雄叫びのような声を発しながら部屋の中から消えていく。 「嶺歌さん」  子春の声が聞こえなくなると兜悟朗は直ぐに嶺歌の方へ足を動かし、こちらの名を呼んだ。
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