第三十三話『家庭』

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「この度は誠に申し訳御座いません。謹んでお詫び申し上げます」  そう言って彼は丁重に頭を下げてくる。彼が謝る必要などどこにもないと言うのに、兜悟朗(とうごろう)は自分の犯した失態のように深い謝罪を嶺歌(れか)に向けてきていた。  先程までの彼の様子とは違って今の兜悟朗はいつもの優しくて柔らかな雰囲気を放つ彼へと戻っていた。  それに気が付きながら嶺歌は顔を上げてくださいと言葉を返す。 「あたしは大丈夫です。それより、どうして分かったんですか?」  兜悟朗が偶然にも話を聞いていたとは考えにくい。何故ならこの部屋は完全な防音室となっている筈で、扉は確実にしっかりと閉ざされていたのだ。  扉の目の前に立ち、声を張り上げていれば少しくらい声は聞こえるだろうが、子春は形南の部屋のど真ん中で言葉を発していたため聞こえていたとは考えられないのだ。  その他にも、子春の発していた言葉は決して大きな声ではなかった。ゆえに聞ける訳がないのだ。子春もそれを分かった上であのように人目を気にせず言葉を放てたのだろう。  それに兜悟朗が偶然こちらに来たとしても、礼儀を事欠かない彼なら必ずノックをしてから中に入る筈だ。だが今回兜悟朗はノックもなしに部屋に入ってきていた。  それはまるで中で何が起こっているのかを知っているかのような行動に思える。  すると兜悟朗は薄く笑みをこぼしながら嶺歌の疑問に答え始めた。 「重ね重ね申し訳御座いません。専属メイドの試用期間時には、必ず内密にこのような盗聴器を衣服に忍び込ませております」  そう言って兜悟朗は小さな盗聴器と呼ばれたそれを手に取り嶺歌に見せてきた。  それはあまりにも小さく、万が一床に落としてしまえば探すのが大変そうな程に繊細なものだった。部品の一部だと言われても納得してしまうだろう。  兜悟朗はそれを子春の衣服に入れて彼女が本当に専属メイドとして相応しい人物であるのかを審査していたと言う。  それは子春に限らず、専属メイドを申し出た全てのメイドに仕込んでいたものであるのだと補足の説明もしてくれていた。 「目に見える範囲でしかその人物の把握はできません。心からの忠誠を誓って形南(あれな)お嬢様にお仕えしているのかを判断するにはこちらが有用なので御座います」
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