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形南とのパーティーもお開きとなり、嶺歌はそのまま兜悟朗にエスコートされ、リムジンで自宅まで送迎される事になっていた。
形南の計らいで今回は兜悟朗と完全な二人きりだ。
しかし先程の兜悟朗との一件があったせいか、嬉しい気持ちとどことなく気まずい思いが嶺歌の心中で奮闘していた。
(嬉しいのは間違いないんだけど……)
兜悟朗に好きだと言われ、とんでもない程に嬉しい気持ちで満たされた嶺歌は、あの後も何度も彼の言葉を思い返しては顔を赤らめてしまっている。
兜悟朗はきっと慰めも兼ねて口にしてくれたのだろうが、彼がお世辞を言うような人間ではない事もこの数ヶ月間の関わりでよく分かっていた。
兜悟朗は自身が本当に思った事だけをいつも口にしてくれる。そんな男性なのだ。
「嶺歌さん」
すると兜悟朗がこちらの名前を呼んできた。
彼に名を呼ばれることがこれほど嬉しいものになるとは、出会った当初は思いも寄らなかった。今では何度でも彼に名前を呼ばれたいと、そう願ってしまう自分がいる。
嶺歌ははいと言葉を返すと兜悟朗は柔らかな声色でこんな言葉を口にした。
「本日はトラブルも御座いましたが、最後はお楽しみ頂けましたでしょうか」
彼はまだ昼間の一件を気にしてくれているようだった。
嶺歌はそんな兜悟朗の気遣いに胸が擽られる。
そして嬉しい感情と共に勿論ですという言葉が無意識に放たれていた。
子春との一件は確かに不快な気分にもなり、決して嬉しい出来事ではなかったが、それでも兜悟朗をはじめとした形南たちの気遣いや、その後に行ってくれた嶺歌の為のパーティーも全て本当に楽しかったのは事実だ。
嶺歌は悲しかった出来事を引きずる行為を、自論であるが時間の無駄だと考えている。
その為嫌な事でどうにもできない事態に直面した際は、すっぱり忘れる事にしているのだ。
嶺歌がそれを兜悟朗に簡単に説明すると兜悟朗は穏やかな口調で「流石で御座います」と嶺歌の事を褒めてきた。
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