第三十五話『デートとして』

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   昼食を食べ終えると兜悟朗(とうごろう)に誘導され再びリムジンの中に乗り込む。  彼は一度もエスコートを怠ることはなく、その一貫した姿勢にも嶺歌(れか)の心は高ぶりを感じていた。  そうして兜悟朗が運転席についたところで車が発進すると次の行き先を彼の方から教えてくれた。 「この時期は猛暑ですから、涼しげな場所へご案内致します」  兜悟朗は相変わらずつい先程まで暑い陽の下にいたとは思えない涼しげな顔をしながら嶺歌にそう告げる。  涼しい場所といえばどこだろうと考えを巡らせていると、兜悟朗は嶺歌の思考を読み取っているのか「もし宜しければ、お当てになられますか?」とクイズのような展開になってくる。  兜悟朗がこのような茶目っ気のある言葉を口にするとは思わず、嶺歌は新たな彼の一面にもまた心をときめかせるのであった。  そうして小さなクイズタイムは始まった。 「風鈴が聞ける場所とかですか?」 「そちらも大変涼しげですね。ですが今回はハズレでございます」 「噴水が見える場所とかはどうですか?」 「真夏の噴水もとても風情があり良いですよね。しかし残念ながらハズレでございます」 「ええーハズレですか、じゃあ…………」  案外当たらないものである。嶺歌はクイズを当てられずにいながらもしかしこの瞬間がとても楽しく感じられていた。  兜悟朗とこのようなやり取りを交わした事はこれまでになかった上に、このようなやり取りをしている状況が、何だかいつも以上に親密度が増しているように思えて、本当にデートをしているようだ。いや、デートなのか。  嶺歌はそこで自分が以前平尾に向けて放った台詞を綿密に脳内で思い出していた。 『男と女が二人で出かけてんだから歴としたデートでしょ』  今思い返せばあそこでデートを否定しようとしていた平尾の気持ちも何となく分かる気がする。照れ臭いのだ。  自分でもそうではないかと分かってはいても第三者にそう言われては余計に恥ずかしくなる。  だから平尾はあの時デートではないと声を上げていたのだろう。  そんな事を思い出しながらも嶺歌は兜悟朗のクイズに再び回答を繰り出す。 「あっもしかして水族館ですか!?」
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