第三十五話『デートとして』

9/12
前へ
/520ページ
次へ
 すると兜悟朗(とうごろう)はいつもよりも一層笑みをこぼしてこんな事を口にする。 「そちらもとても良案ですが、以前も訪れたところですので、今回はハズレで御座います」  兜悟朗の表情はとてもリラックスしているように見え、どことなく楽しんでくれているようなそんな雰囲気を感じ取れていた。嶺歌(れか)はそれを感知して再び胸が熱くなる。 「ギブアップです。もう思いつきません」  嶺歌はそれからもいくつか思いつく限りの涼しげな場所を答えてみたが、全て兜悟朗の柔らかな笑みと共にハズレの言葉を返されてしまっていた。  しかし兜悟朗はハズレであると言う時、必ずこちらにフォローの言葉を入れてくれていた。  それがまた兜悟朗という一人の人間の性格を体現してくれており、嶺歌は正解を導き出せなくても楽しい気持ちで心が満たされる。 「正解はこちらで御座います」  すると目的地に到着したのか兜悟朗は嶺歌に窓の外に目を向けるよう声を漏らした。  言われた通りすぐに窓に視線を送ると、そこには湖が広がっていた。いつの間にか自然の見える場所まで移動していたようだ。兜悟朗とのクイズタイムに夢中になっていた嶺歌は今更ながらにそんな事に気が付く。 「もしかして、ボートですか?」  湖には一軒の小屋があり、ボートを貸し出ししている。数人の客が小屋の窓口に並んでおり、皆ボートの順番を待っている様子であった。  兜悟朗はそんな嶺歌の最後の回答に「正解で御座います」と笑みをこぼし、駐車場にリムジンを停め始める。  それにしてもこのような田舎の場所で黒いリムジンは中々に目立つ。兜悟朗の運転するリムジンに目を向ける者はそう少なくはなかった。 (いや、そんなことより……兜悟朗さんと二人でボート!?)  いきなりの近距離イベントに顔が熱くなっていくのを実感する。  嶺歌は両手で自身の頬を覆うと小さく首を揺らして緊張を振り払った。
/520ページ

最初のコメントを投稿しよう!

28人が本棚に入れています
本棚に追加