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兜悟朗がボート券を購入し、暫くボートの空きを待っていると数分後にようやく順番がやってくる。
今回乗るのは手漕ぎタイプの二人乗りボートだ。このようなボートに乗るのは初めてではなかったが、こうして男性と二人で乗るのは初めての事だった。
嶺歌は緊張しながらも兜悟朗の真向かいに移動し、自身のスカートがはしたなく見えないよう注意を払いながらボートの椅子に座り込んだ。
兜悟朗が率先してボートを漕いでくれるのだが、先程からほとんど船の揺れを感じない。もう少し揺れてもおかしくはないだろうに、そこまで考えて兜悟朗のボートを漕ぐ腕前が凄いのだという事にようやく気が付く。
(何でもできるんだな)
兜悟朗の疲れを感じさせない表情は、終始穏やかでありながら嶺歌と会話をする余裕も持ち得ており、他愛のない会話を持ちかけられていた。
嶺歌は兜悟朗がこうして気遣いをしてくれる事実に嬉しさが増す。兜悟朗と一緒にいられる時間が本当に心地良く、穏やかな時間が嶺歌の日頃の疲れを癒してくれていた。
「気持ちいいですね」
隠れ避暑地なのだと兜悟朗が教えてくれたこの場所は本当にいい具合に日陰が重なり、直射日光は避けられていた。
涼しい風だけが嶺歌達の身体に流れており、言葉通りの涼しげなこの場所に、嶺歌は穏やかな気持ちになる。
兜悟朗はそんな嶺歌の表情を見たのか「涼められているご様子で嬉しい限りです」と言葉を口にする。
そう告げてくれる彼の言葉にも嬉しさを感じた嶺歌は「兜悟朗さんは疲れてないですか? あたしもやった事があるので代われますよ」とボートを漕ぐ櫂に指をさして交代を申し出てみた。
しかし兜悟朗は優しげに笑みをこぼして小さく否定をする。
「お気遣いいただき有難う御座います。やはり嶺歌さんは逞しいお方ですね、ですが本日はどうか僕にお任せ下さい」
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