第三十五話『デートとして』

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 そう言って尚も疲れを見せない様子で彼は優雅にボートを漕いでいる。  腕をしっかりと動かしているだろうに疲れるはずなのだが、彼の動きは全く衰えを見せず、嶺歌はそのまま快適なボートに揺られ続ける。  嶺歌(れか)は今の兜悟朗(とうごろう)の温かい言葉を頭の中で思い返しながら暫く心地の良い空気感を味わっていると、少ししてから兜悟朗は再び口を開き始めた。 「嶺歌さんが以前、嬉しいお言葉を下さった事を覚えていらっしゃいますか」 「嬉しい言葉……えっといつの事でしょうか」  唐突にそのような言葉を掛けられ、嶺歌は必死になってこれまでの記憶を遡る。  しかし彼の言葉に気持ちが高鳴っているせいか上手く集中する事ができない。兜悟朗はいつの事を口にしているのだろう。 「以前行われた初めてのパーティーで、執事の交代をお嬢様がご提案された際に、嶺歌さんは僕がいいのだと、そう仰ってくださった時の事です」 「……っ!!!!!」  それを聞いた瞬間、当時の事を鮮明に思い出した嶺歌の顔は真っ赤に染まり上がる。今この場で飲み物を口にしていたら間違いなくむせ返っていた事だろう。  嶺歌は真っ赤な顔を隠すこともできずに兜悟朗をそのまま見返していると、兜悟朗は笑みを溢しながら「驚かせてしまい申し訳ありません」と声にする。そうしてそのまま言葉の続きを口にしてきた。 「あの時、嶺歌さんにはお伝え出来ませんでしたが、僕自身も貴女のそのお気持ちを嬉しいと感じていたのです」 「…え」
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