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平尾は裏庭の扉を開けた。ここまでくれば後は流れに任せるのみである。
嶺歌は透明になった状態のまま裏庭のど真ん中で待ち受ける形南と平尾の姿を捉えると形南は彼に言葉を発し始めた。今が合図である。
嶺歌はステッキを手に持ち、裏庭にあるすべての無機物を宙に浮かせ始める。
「え、何だ……!?」
平尾は予想した通り、ポカンとした様子で上を見上げる。かなり困惑している様子だった。
しかし形南はそんな彼に一歩近づき打ち合わせ通りの言葉を放つ。
「これは手品ですの」
「て、てじな……?」
形南はパチンと手を叩く。嶺歌は直ぐに浮かせている無機物達をゆっくりと元の場所へ戻した。
形南は声の調子を変える事なく、言葉を続けた。
「初めまして平尾様。私高円寺院形南と申します。驚かせてしまったようで申し訳ありませんの。ですが印象に残る自己紹介をさせていただきましたわ」
そう言って形南は上品に自身のスカートを両の手で持ち上げ、会釈をして挨拶をした。
小柄で美しく可愛らしい形南のその振る舞いは誰が見ても見入ってしまうようなそんな所作であった。
平尾は彼女のそんな挨拶に驚いたのか「あ、えっと……」と口をもごもごとさせている。
形南の前では決して口にしなかったが、彼は第一印象からして冴えない男であった。
この男のどこに惹かれたのだろうかと不謹慎ながらも考えてしまったのは事実である。だが人の好みはそれぞれだ。
形南が彼が良いのだと言う以上は口を挟む無礼な行為はできる筈もなかった。
いまだに返事を返せない平尾に形南は両手を合わせて「急いで言の葉を紡がれる必要は御座いませんの」と今の彼の状況を察しながら尊重する発言を口にした。
その一言で平尾は顔を上げ、再び形南を見る。
形南は決して表情を崩さず、ただただ平尾の顔だけを柔らかげに見つめていた。
そんな様子を遠く離れた場所からハラハラしながら見ていた嶺歌は突然背後からやってきた声にひどく驚いた。
「和泉様」
「ひえっ!!!」
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