第三十六話『夏祭りに』

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和泉(いずみ)さ、好きな人いる?」  嶺璃(れり)がヨーヨーを見事釣りあげ、満足した様子でトイレに行っている間、一時的に二人きりになった古町にそんな質問を投げかけられる。  嶺歌(れか)はまたその話題かと再び顔が赤くならないよう注意を払いながら何で? と言葉を返した。 「いや、何となくなー?」  そう言ってこめかみを掻き出す古町を無視して嶺歌はうちわを取り出し小さく仰ぐ。  先程街中で配られていたうちわだが、少し仰ぐだけで涼しい風が舞い込んできていた。  人の熱気と相まって気温も高い事から嶺歌は汗をかいており、涼しげなこの風は暑さを多少和らげてくれている。  きっと嶺璃も暑いだろう。戻ってきたらタオルで汗を拭ってやろうと思いながら視線を感じて古町の方を見ると、彼はぎこちない様子でこちらに目を向けていた。この空気を、嶺歌は知っている。 「俺、和泉が好きなんだよな」 「…………」 「俺と付き合ってくんね?」 「ごめん」  古町の告白は何となく予想ができた。  そうなのではないかと思ったのは先ほど浴衣姿を可愛いと褒められた時なのだが、まさかこの場で告白をされるとは思っていなかった。  嶺歌は彼に変な期待を持たせないようすぐに謝罪をすると続けて次の言葉を繰り出す。 「好きな人いる。あたしも片想いなの。だから無理。ごめん」 「そうかあ……」  古町はそれ以上何も言う事はなかった。嶺歌は彼からの好意を嬉しいとは思えない。だがそれと同時に自分に彼を重ねてもいた。  兜悟朗(とうごろう)に告白をして振られたらきっと嶺歌は、古町のようにただそうですかと声を返す事しかできないだろう。  そう思うと古町の勇気を出して告白をしてくれたこの行為が、未来の自分になるのだろうかとそう考えてしまう。  嶺歌は兜悟朗との進展を望んではいるが、告白をまだ考えてはいない。  少なくとも彼からの可能性を見出せるまでは、怖くて動けそうになかった。 (振られちゃったら気軽に会えない)  そう思う自分がいて、勇気を振り絞って告白してくれたであろう古町に気遣いをする事もできぬまま、嶺歌は自分勝手だと理解しながらも尚、兜悟朗の事を考えずにはいられなかった。 第三十六話『夏祭りに』終               next→第三十七話
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