第三十七話『返り討ち』

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「あたしはあたしがやりたいと思った事をこれからもします。他人の文句とか知らないです」 「生意気な……!」  子春はそう言って手を振り上げる。しかし自前の反射神経で嶺歌(れか)がそれを避けると彼女は心底悔しそうな目線で声を荒げ始めた。 「あんたなんかが釣り合う相手じゃないのよ!!! 宇島(うじま)先輩は学生の時から完璧で優秀で!!! 雲の上のような存在の人なのっ!!! あんたみたいな凡人が! 宇島先輩に見初められるとでも思ってんじゃないわよ!!!!!」 「でもそれをあなたに言われる筋合いもないですよね?」  取り乱す子春とは対照的に嶺歌は淡々と声を上げる。彼女の動物のような甲高い声は、ただただ耳障りなだけだ。  嶺歌は小さくため息を吐くと声の調子を維持したまま子春に言葉を投げた。 「成人済みの大人が何であたしにそんな吠えてくるのか分からないんですけど、今後もあたしの前に現れるつもりならこっちにも考えがあるんで覚悟して下さいね」  子春がストーカーのように待ち伏せをしていた事はまだいい。  問題なのは今後、彼女が嶺歌の家族にも迷惑を掛けるかもしれないという点だ。自分一人で片付くものならともかく、誰かを巻き込む事だけは回避しなければならない。 (あれなと兜悟朗さんにも黙ってよう)  きっと二人の事だからこの件を知ってしまえば、物凄く謝罪をしてから大規模なお詫びをしてくる事だろう。  そう考えると二人のそっくりな温かい性格に笑みが溢れるのだが、今はそのような状況ではない。  嶺歌は思考を切り替えると子春の横を通り過ぎてエレベーターのボタンを押す。 「あたし自分の身は自分で守れますから、変なことは考えないで下さいね」  そう言って子春から視線を外すと嶺歌は到着したエレベーターに乗り込んだ。  子春は黙ったままこちらに強い視線だけを向けて、それ以上追いかけてくる事も言葉を発してくる事もなかった。 (めんどいけど自衛だし、やっとくか)
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