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第三十八話『それしか言えず』
それから数日が経つと、予想外の訪問客が嶺歌の家に訪れていた。
インターホンに映るその思いも寄らなかった人物の姿に嶺歌は胸を高鳴らせる。そう、相手は――兜悟朗だ。
『嶺歌さん、本日はお休みのところ申し訳御座いません。恐れ多くも少々お時間頂けないでしょうか』
「勿論です! 今行きます!!」
嶺歌は即答して簡単な準備をすると、直ぐに家を飛び出して走った。今日の服装は外出仕様にしていたのが幸いだ。
嶺歌は高鳴る胸を弾ませながら兜悟朗の待つエントランスまで急いで向かう。
(どうしてだろう……いや、とにかく嬉しい)
理由はもはやどうでも良かった。夏休みも日々忙しい形南は勿論の事、兜悟朗にも会える機会はそうそうなく、そんな時にこのようなサプライズは嶺歌にとって褒美のようなものだった。
エレベーターが中々こないため階段から下っていくとエントランスの方に長身の男性が綺麗な姿勢で待っていた。
「嶺歌さん、ご無沙汰しております」
「こんにち…は……えっと……」
嶺歌は息を切らせながらも兜悟朗の方へ目を向ける。
兜悟朗は柔らかな笑みをしながら「走られてこられたのですね、有難う御座います」と更に笑みを向けてきた。駄目だ、格好いい。
「あ……いや、なんか急ぎなのかなって」
嶺歌は自身の平静さを失いながらそんな言い訳がましい言葉を告げる。本当は自分が兜悟朗に一秒でも早く会いたかっただけだ。
兜悟朗はそんな嶺歌の心中を知るはずもなく、しかし微笑みながらこちらにこんな言葉を投げかけてきた。
「宜しければ少々、ドライブに付き合っていただけませんか?」
「行きます」
嶺歌は即答する。断る理由などあるだろうか。意中の男性からの誘いに嬉しい気持ちが爆発しそうになりながらも、嶺歌はそれを必死に取り繕って兜悟朗の後に続いて行った。
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