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兜悟朗に連れてこられた場所は以前にも彼に連れてきてもらった事のある河川敷だった。
形南が一人になりたい時はよくここに彼女を連れてくるのだと、以前彼はそう教えてくれていた。
今はまだ昼間なので明るいが、夜に来た時とまた情景が異なり、あの時とはまた違った意味でとても気持ちよく感じられる。
嶺歌は小さく深呼吸をすると兜悟朗が嶺歌のそばまで歩み寄り、優しく微笑んだ。その何気ない笑みにもときめいてしまうのだから恋とは本当に不思議なものである。
「本日は僕の我儘にお付き合いいただきありがとう御座います」
兜悟朗はそう言って改まった様子で嶺歌にお礼を告げる。お礼を言いたいのは嶺歌の方だ。
好きな人と休日にサプライズで出掛けられるなど、なんと素敵なプレゼントなのだろうか。
嶺歌はこちらこそありがとうございますとお礼の言葉を返すと、兜悟朗は再びニコリと笑みを向けてから、ゆっくりと口を開き始めた。
「嶺歌さん、五日前、村国が貴女にご迷惑をお掛けしたとお聞きしました」
その言葉に嶺歌は驚く。そうして瞬時に兜悟朗の目を見た。彼の瞳はどことなく哀愁を持ち得ており、こちらの身を案じたようなそんな表情をしている。
嶺歌は唖然としたまま兜悟朗の言葉を聞いていた。
「何故、という理由は単縦明白で御座います。村国本人が直接こちらに訪れたのです。僕には許し難いですが、彼女は深く反省の色を見せておりました」
子春は全てを隠さず自白したらしい。嶺歌の家の事を調べ上げ、兜悟朗や高円寺院家に近付かないよう牽制をしにマンションまで張っていたこと。
そして嶺歌への暴言やストーカーとも呼べる行為を数日間に渡り行い、挙げ句の果てに嶺歌の自宅まで押し掛け、更なる危害を加えようとしていたこと。
兜悟朗の口から聞いた話は全て嶺歌の知っている実際に彼女に行われた行為であった。
それを聞くと彼女は本当に反省をしてくれた様子だ。
(子春さん……懺悔したんだ)
その言葉を聞いて嶺歌は驚きと同時に子春の顔を思い浮かべる。彼女があの後兜悟朗の元へ訪れ、自身の犯した罪を自白したという行為が、嶺歌との一件もあった事からとても他人事には思えなかったのだ。
そして子春の邪悪な心が程度はあれど和らいだのだという事実に少しだけ、嬉しい思いも生まれていた。
「そうだったんですね……子春さん、反省してくれたみたいで良かったです」
嶺歌が本心からそうポツリと言葉を溢すと、兜悟朗は一瞬黙った後にこちらに深く頭を下げてきた。
「貴女様の危機に気が付かず大変申し訳御座いません」
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