28人が本棚に入れています
本棚に追加
そう思っていると唐突に「えっと」という離れた距離から男性の声が聞こえる。
この声は平尾だ。彼はようやく言葉を発せられたようだった。嶺歌と兜悟朗は直ぐに二人の方へ視線を戻す。
「君は一体……この手紙はどういう事なの?」
最もな意見だ。しかし形南はどのような内容の手紙を彼に渡したのだろう。彼の様子から推測すると告白の言葉を書いたとは思えないが気になるところである。
すると形南は彼の言葉に口を開いてゆっくりと答え始める。
「私、平尾様とお近づきになりたいのですの」
「ち、近づくとは……?」
「ええ。まずはお知り合いになりたいのですの。ですからお友達からどうでしょう?」
「友達くらい全然いいけど……」
「まあ! 嬉しいですわ!!」
途端に形南は先ほどのお淑やかな雰囲気を失くし、子どものような可愛らしい表情で彼に近寄る。
平尾は未だに困惑した様子でジリジリと近寄ってくる形南から距離を取るかのように足を後退させていたが、形南はお構いなしのようだった。
「平尾様! どうぞ宜しくお願いしますね! こちら、私の連絡先でございますの! 宜しければこの場で交換して下さらない?」
「え、いいですケド……」
言葉がたどたどしい平尾に形南はスマホを取り出し、彼もそれに習ってスマホを取り出す。
そうして二人は無言で連絡先の交換を始めていた。
形南は興奮して言葉が出ないだけなのだろうが、平尾は緊張がなお続いている様子だった。
嶺歌と兜悟朗はそのまま静かに二人の連絡先交換会を見守る。
数分が経過すると形南は満足した様子で静まった空間に声を発し始めた。
「ありがとうございますの。平尾様、これから遠慮なくご連絡なさってね。私も貴方様にご連絡差し上げたく思いますわ」
「あ、うん……俺も暇だしいつでもいいよ」
平尾は自身の首筋に手をあてがいながらそう言うと形南は嬉しそうに彼の両手を掴んだ。
「嬉しいですの! 私平尾様と親しくなりたいと思っておりますのよ」
興奮気味にそう告げる形南の言葉に驚きながらも顔を赤らめる平尾は分かり易い。
普段言われない事ばかりで混乱もしているようだが、少なくとも形南との接触は成功といえるものになっていた。
形南と平尾はその後直ぐに別れ、一世一代の形南の出逢い作戦は終わりを迎えた。
最初のコメントを投稿しよう!