第四十一話『海』

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嶺歌(れか)! おはようございますですの!」  久しぶりに会った形南(あれな)は嶺歌のよく知っている形南であり、可愛らしい朗らかな笑みを向けてこちらに挨拶をしてきた。  嶺歌もそんな友人の形南に笑みを向けて元気よくおはよ! と挨拶を返す。  自宅の位置関係的に平尾の前に先に嶺歌の家に来てくれたようだった。  嶺歌はいつものように形南の後ろに控えている兜悟朗(とうごろう)に目線を向けて「兜悟朗さんもおはようございます」と声を出す。  兜悟朗は目が合った瞬間から柔らかな笑みをこちらに向けており、優しい声色で言葉を返してくれていた。 「嶺歌さん、お早う御座います。本日は宜しくお願いいたします。お荷物をどうぞこちらに」  そう言って嶺歌の手荷物をそっと受け取ると、彼は車のトランクを開けて嶺歌の荷物を丁寧に乗せてくれる。  今日の彼は海に行くせいか、いつもより爽やかな青年に見える。嶺歌はそんな兜悟朗の姿に見惚れながら、横にいる形南の視線を感じた。  彼女はキラキラと零してしまいそうなほどの瞳をこちらに向け、両手を絡めて嶺歌たちの様子を見つめていた。  途端に嶺歌は冷静になり、一つ咳払いをするとそのまま車の中へと乗り込む。  今回乗車する車は以前兜悟朗に乗せてもらった私用車ではなかった。高円寺院家の所有物らしい。  光沢のある綺麗なシルバーのベンツは見ただけで高級車なのだと理解できる程に輝いている。  手入れが行き届いているのが素人目でも分かるくらい、汚れひとつ見当たらない美しいベンツだった。きっとこの車の管理も兜悟朗がしているのだろう。  嶺歌の荷物をトランクに入れた兜悟朗は迅速に運転席へ乗ると、そのまま車を発進させる。 (兜悟朗さんの運転て……本当落ち着く)  車に揺られながら嶺歌はそんな事を思った。今回嶺歌と形南は後部座席に座り、平尾が助手席に乗る形となっている。  嶺歌は後ろから見える兜悟朗の姿を気付かれないようにそっと盗み見るのであった。
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