第四十二話『自覚するのは』

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 そう思い、飲み終えた水をテント内に敷かれたレジャーシートに置くとそのままゆっくり立ち上がった。  名残惜しくて仕方がないが、また機を見て兜悟朗(とうごろう)に話しかけることにしよう。  そう思った嶺歌(れか)は、では行ってきますと口に出そうとすると振り返ったところで兜悟朗の優しげな瞳と目が合った。 (うわ……っ)  ドキンという音が確かに自身の胸中から聞こえ、嶺歌の頭の中はそれだけで満たされる。  彼はニコリと笑みを再び見せてくると「本日は貴女とお会いできて嬉しいです」ととんでもない言葉を繰り出してきた。 (!?!?!?)  途端に嶺歌は顔が真っ赤になり、兜悟朗に視線を合わせながら必死で返す言葉を探していると彼は尚も微笑みながら「お水冷やしておきますね」と先程嶺歌が飲んだペットボトルをクーラーボックスに入れ始めていた。 「…………はい」  嶺歌はそれだけ声を返し、そのまま逃げるように形南(あれな)たちのいる海辺へ戻り始める。  少し歩いたところでチラリと彼の方を振り返ると兜悟朗は再び本を取り出して読書を再開していた。 (嬉しいって、思ってくれたんだ)  嶺歌は先程の台詞を何度も脳内でリピート再生し、嬉しい思いを再確認する。頭から湯気が出そうな程爆発しそうなこの思いが、今すぐにでも一気に溢れ出してしまいそうだった。
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