第四十二話『自覚するのは』

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 そう思い絶望的な感情が押し寄せてきた嶺歌(れか)は、しかしその後すぐに起こった出来事にまた別の意味で目を見開いていた。  兜悟朗(とうごろう)は女性たちに何やら手を振って誘いを断っているようなそんな様子を見せていた。  だが女性たちはしつこくしているのか否か、兜悟朗の仕草を見ても中々離れようとはしない。  けれど兜悟朗が深いお辞儀をして見せると彼女たちは諦めたのか彼のそばから重い足取りで遠ざかっていく。彼女らの表情は全員が残念そうな、そんな目をしていた。  その光景を見ていた嶺歌は心の中でそれを嬉しく思う自分がいた。 (ナンパ、断ってくれたんだ)  じんわりと胸の奥が熱くなる。  兜悟朗に話しかけていた三人の女性達は清楚で綺麗なお姉さんというイメージが強かった。きっと多くの男が彼女らを放ってはおかないだろう。  そう思えるほどに女の嶺歌から見ても美しく秀麗な印象がある三人だったのだ。そんな彼女らの誘いを断って彼は一人を選んだ。それがとてつもなく嬉しい。  嶺歌ははやる気持ちを抑えながらも兜悟朗の元へ急いで足を向けた。 「嶺歌さん、どうされました? 何かお忘れものでしょうか」  兜悟朗は先程と変わらない穏やかな笑みで嶺歌にそう尋ねる。  まるで何事もなかったかのように話す彼はやはり自分より遥かに大人であるのだと、嶺歌はそれを実感しながらもレジャーシートに腰を下ろした。 「いえ、あれなと平尾の様子がいい感じだったので、戻るのは止めました」  そう言って嶺歌が兜悟朗に笑みを向けると、彼は「そうで御座いましたか、有難う御座います」と自分の事のようにお礼を述べてくる。本当に、兜悟朗にとって形南(あれな)の存在は大きいのだとその彼の言葉で改めて感じていた。  しかし兜悟朗への気持ちが大きくなっても形南と兜悟朗の二人の関係に嫌な思いを抱く事は本当になかった。  きっと互いが恋愛対象ではないと、嶺歌も十分に理解しているからなのだろう。
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