第四十三話『救助』

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兜悟朗(とうごろう)さん)  彼の名を頭の中で呼びながら嶺歌(れか)は意識を失いかけ――――そうになった時、誰かに身体を持ち上げられた。  力強い腕でバッと水の中の苦しみから解放された嶺歌はそのままその人物の体に身を委ね、思うように動かない身体を運んでもらう。何か言われているのだがよく聞こえず、嶺歌はただただ必死で息をしようと呼吸をする。  しかし溺れ掛けていたことからゲホゲホと咳き込み、飲み込んでしまっていた水を吐き出した。  嶺歌は薄っすらと残った力で目を開け、助けてくれた命の恩人を自身の視界に入れる。その勇敢な恩人は――――――嶺歌の思い焦がれる兜悟朗だった。 「嶺歌さん、もう少しです。頑張ってください」  いつも以上に砕けた口調で彼がそう口にしたのを確かに耳にした。  そしてそこで嶺歌は兜悟朗に抱えられ海の中を移動しているのだと理解していた。今、彼は深いこの海まで飛び込み、嶺歌を救出してくれたのだ。  嶺歌は小さく頷くが、陸まで必死で泳いでいる兜悟朗にはきっと伝わっていない。  だが最後に思い浮かべた大好きな人が、自分を助けにここまで来てくれた事が嬉しく、嶺歌は陸に上がるまで兜悟朗の背中に終始しがみついていた。  浅瀬まで到着すると兜悟朗に身体を持ち上げられ、横抱きにして抱えられる。  兜悟朗は先程着用していたシャツを脱ぎ、たくましい筋肉が作り上げられた肉体を顕にしたまま嶺歌をしっかりと抱き抱えて医務室まで運んでくれていた。  兜悟朗は陸に到着してからも何度も嶺歌に声を掛け続けてくれ、それがまた嬉しかった。  気力を失いかけていたせいか嶺歌は都度応答する事が出来ずにいたが、それでも兜悟朗は何度も何度も嶺歌の名を呼び、大丈夫ですからと優しい言葉だけを向けてくれていた。
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