第四十三話『救助』

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兜悟朗(とうごろう)さんもお疲れだと思いますから、一度風に当たってきたらどうですか? あたしはもう平気ですし、少ししたら動けますから」  嶺歌(れか)がそう口にすると兜悟朗は「いいえ、お側にいます」と即答してきた。  嶺歌は悩むことなくすぐにそう答えた兜悟朗に驚き、気遣いはいらないと口にする。  溺れた人を救出する事がどれほど危険であり、体力を消耗する事なのかは、嶺歌もよく知っていた。  実際に嶺歌が魔法少女活動で人を助けた経験も何度かある。  だがあれは自分が魔法で強化された力や特殊な魔法があるからこそ出来た事であり、兜悟朗のような一般的な人間がそれを容易くできるとは思えない。  何より救助する方にも死亡のリスクがある。事実それで命を落とした事故も少なくはないのだ。だからこそ今回、救助隊ではなく兜悟朗が救出してくれた事に驚いていた。  しかしどんなに万能な人間であれ大変なものは大変だ。ゆえに兜悟朗もかなりの体力を消耗しているだろう。  それでも兜悟朗はその嶺歌の言葉に頷く事はなくただここに居させて下さいとそう口にする。  嬉しい気持ちはあれど、(かたく)なに動こうとしない兜悟朗の珍しい姿を目にして嶺歌は「本当に、優しいですね」とその場で感じた言葉をポツリと、無意識に放っていた。  すると兜悟朗は途端に嶺歌の手を両手で握り、こちらに再び目を向ける。突然の温かな体温と彼の真剣な目つきに嶺歌は鼓動が速くなるも、しかし彼の視線が目を逸らす事を躊躇わせていた。 「嶺歌さん、僕は優しくありません」  それから兜悟朗はそんな言葉を口に出す。そのような発言を彼が口にするとは夢にも思わず、嶺歌は呆然としたまま兜悟朗を見つめた。 「形南(あれな)お嬢様に忠誠を誓い、お嬢様にとっての正義を貫いております。ですが……」  兜悟朗はそう言うと握った嶺歌の手を自身の額に当てるように頭を下げ、項垂れたような姿勢を見せた。そのまま彼は言葉を続ける。 「いつの間にか形南お嬢様と等しく、あなたの存在を大切に思っている自分がいるのです。お嬢様とは関係のないところであっても、嶺歌さんに何か起こるのならば僕は見放せません。形南お嬢様には感じなかったこの気持ちが、僕には……特別以外に言葉が出てこないのです」
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