第四十三話『救助』

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 言葉が出なかった。自分は今、彼に何を言われたのだろうか。告白? いや、それよりももっとすごいような……そんなとんでもない発言を嶺歌(れか)兜悟朗(とうごろう)の口から確かに耳にしていた。 「貴女がご無事で本当に良かった……僕は、貴女を失っていたらきっと」  そこまで口にした兜悟朗の熱が、先程よりも深く嶺歌の手に当てられる。 「後悔の日々に苛まれていた事でしょう」  兜悟朗は自身の額の熱を嶺歌に押し当てたまま、そんな言葉を口にした。  それはいつも冷静で穏やかで、常に客観的に物事を見据える兜悟朗の姿とは異なっていた。嶺歌を失うまいと、彼は必死になって助けてくれたのだろう。  泳ぐつもりのなかったシャツを脱ぎ捨て、海に飛び込み、危険な救出を完遂してみせたこの男性が、助かった今も嶺歌の前から離れようとせず上着も着ず、滴り落ちる水を拭うこともせずにただこちらの手を握りしめて項垂れている。  そんな兜悟朗の姿を目の前で見て、嶺歌は彼がひどく愛おしいと、そう感じた。  嶺歌は自身の胸がとてつもなく熱くなるのを全身で体感し、性格に似合わず泣きそうになる。 「兜悟朗さん」  嶺歌は自身の手を握りしめたまま項垂れ続ける兜悟朗の頭を空いた方の手でそっと撫でる。そしてそのまま兜悟朗の乱れた髪をふんわりと手で梳いた。  彼の髪に触れるのはこれが初めてであり、思っていた以上に光沢のある髪の艶加減に今更ながら気が付く。  兜悟朗の髪から手を離すと、嶺歌は真横にある棚に山積みされた綺麗なタオルを一枚手に取り、彼の頭の上にそっと乗せる。そうして片手で兜悟朗の髪の毛を拭き始めた。 「兜悟朗さんの髪の毛、まだ濡れてますよ。あたしを心配してくれる気持ちは凄く有難いですけど、もう助かってるんです。今はご自分の事も気にして下さい」
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