第四十三話『救助』

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 そう言って彼の項垂れたままの頭に向かって笑いかけると兜悟朗(とうごろう)はゆっくりと顔を上げて嶺歌を見た。  彼の瞳は揺れながらも嶺歌(れか)の瞳に目を合わせ、こちらに慈愛の込められた目を見せてくる。 「髪もそうですけど、服も海に入ったままじゃないですか……何か羽織った方がいいですよ」  嶺歌はそう言って兜悟朗から視線を逸らす。  兜悟朗は嶺歌を陸まで救い出し、医務室に運んだ後すぐに自身の予備のティシャツを嶺歌に着せてくれていた。そのため今彼の手元には羽織るものが何もない状態だった。  先程はそれどころではなかったが、今改めて見ると兜悟朗の何も着ていない上半身は、水に濡れている事も重なっているせいかいつも以上に破壊力が凄い。  初めて目にする兜悟朗の身体は鍛えられているのが一目瞭然であり、それはどれだけの努力をして身に付けてきたものであるのか、素人目から見ても分かる程のものだ。  嶺歌は思わずごくりと生唾を呑み込んで兜悟朗にそう告げると彼はようやく声を発してくれる。 「仰る通りですね、今の僕は見苦しい姿でした。大変申し訳御座いません」 「えっいや、全然見苦しくはなくて!? ただ拭かないと気持ち悪くないのかなって……!」  予想の斜め上の言葉に嶺歌は焦りながら彼の方へ顔を戻す。  すると兜悟朗はそんな嶺歌の表情を目にしたためか、久しぶりに柔らかく笑みを溢してくれた。 (わあ……)  彼のこの笑みが好きだ。死ぬと思った直前にも思い浮かんだのは兜悟朗の優しげな笑顔だった。  嶺歌はそれがまたこの目で見られた事に嬉しい気持ちを抱きながら彼を見つめていると兜悟朗はゆっくりと立ち上がり、嶺歌の両手をやんわり解放する。 (あ……)  彼の離れた手に少しの名残惜しさを感じながらも嶺歌は兜悟朗を見上げた。  兜悟朗はこちらを優しく見つめたまま「少々席をお外しします。直ぐにお戻りしますのでお待ち頂けますと幸いです」と言葉を残して医務室を出て行った。きっと本当に彼は直ぐに戻ってきてくれるのだろう。そんな事を思い自然と口元が緩む。  兜悟朗は宣言通り数分してから直ぐに嶺歌の元へ戻ってきた。  しかし数分で本当に終えられたのかと疑ってしまう程に彼の身なりは丁重に整えられ、どこを見てもいつものきっちりとした兜悟朗の姿がそこにあった。  髪は綺麗にセッティングし直され、その上衣服も先程着用していたシャツを羽織り水着のズボンも履き替えられていた。彼の濡れていた形跡は綺麗に全くなくなっている。  そんな事が人間に可能なのかと疑ってしまうくらい、兜悟朗の装いは正されていた。 「大変お待たせ致しました」 (さすがすぎる……)  嶺歌はそう心で思うのであった。 第四十三話『救助』終                 next→第四十四話
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