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形南は兜悟朗の一人称がいつものものではない事に驚いていた。
形南の前では決して見せない素の兜悟朗の姿が、今嶺歌の前で確かに見せられている。これは非常に喜ばしい事だ。
彼が意図的に形南の前で己を見せない事は知っている。それを形南自身も望んでいた。
十年そばにいても執事は執事。敬愛こそあれど、それ以上の関係になる事はないのだ。ゆえに砕けた関係になる必要性はない。
そう思って彼とはこれまでもこれからも接していく事は確信的なものであった。互いがそれを認知しているからこその今の関係なのだ。
しかしそんな兜悟朗にも幸せになってほしいという思いは人一倍にある。彼は何年経っても何も色恋沙汰がなく、形南としては少々気に掛かっていたところだ。
そんな彼が、今嶺歌を前にして形南が見たことのない表情を見せ、第三者から見ても彼女を大切にしている様子が窺える。形南はそれがとてつもないほどに嬉しく感じられた。
嶺歌に対してだけは、いつもより少し砕けている兜悟朗がいる。それだけで、形南は満足だった。
形南は自然と上がった口角を戻さずに、呆然と二人の様子に目を向ける平尾に小さく声を掛ける。
「平尾様。今はお邪魔な気がしますの。もう一度お散歩に戻りましょう」
「そ、そうだね……和泉さんも元気そうだし、も、戻ろうか」
そう答えた平尾も二人の仲の深さを感じ取ったのか、顔を僅かに赤らめ形南の言葉に同調した。
形南は平尾のそのような純粋な姿に口元が再度綻び、温かい気持ちになりながらそっと医務室の扉を閉めた――。
* * *
第四十四話『覗き見て』終
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