第四十五話『御礼』

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 放課後になると既にリムジンが校門前に到着しており、形南(あれな)と共に兜悟朗(とうごろう)の姿が目に映る。  形南は嶺歌(れか)を見つけるとすぐに嶺歌! と声をあげてこちらに抱きついてきていた。  彼女は今日大事な稽古があるにもかかわらず嶺歌に一目会いたいからとわざわざ顔を見せてくれていたのである。  それは形南本人からではなく、平尾に聞いていた情報だった。嶺歌は形南の友達思いな姿勢に感銘を受けながら彼女の抱擁に応える。 「あれな、昨日ぶりだね。お迎えありがと」 「そのような事、当然ですのっ! 連絡も嬉しかったですのよ! お体の具合はどうかしら?」 「うん、全然平気! 医者の紹介もありがとうね」  そんな会話をしてから、静かにこちらに目線を送る兜悟朗とふいに目が合った。  嶺歌は一瞬顔が熱くなるが、そのまま彼に「兜悟朗さんも、今日はありがとうございます」と言葉を発する。  すると兜悟朗は柔らかな笑みを向けながら嶺歌に一歩近づき、当然の事で御座いますと丁寧な口調でそう告げてきた。 (やっぱり昨日の兜悟朗さんは、よっぽど取り乱してたんだな……)  彼の優しい穏やかな言葉遣いを耳にして、一日前の兜悟朗を思い出す。  昨日、彼が発していた台詞は敬語ではあったものの、普段の兜悟朗の発する言葉とは対照的であり、穏やかさも柔らかさも欠如していたのだ。それを改めて理解し、嶺歌は心が踊りそうになる。 (あたしの事、そこまで思ってくれてるんだって思ってもいいんだよね?) 「嶺歌さん」  ハッと我に返り、自身の名を呼ぶ彼に目を向けると兜悟朗はその大きな手を差し出し、リムジンの中へエスコートしようとしてくれている。  嶺歌は一旦冷静さを取り戻しありがとうございますとお礼を言いながら彼の手を取る。一日ぶりに触れる彼の体温は指先だけでも嶺歌の鼓動を促進させ、緊張感を一気に膨らませてきた。  そのままリムジンに乗車し、兜悟朗の素早くも丁寧なハンドル捌きで嶺歌は高円寺院家へと連れて行かれる事となった。
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