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(……え)
それは目を見開くどころの言葉ではなかった。
彼のその台詞は、まるで嶺歌に会いたいと言ってくれているようなものだ。
嶺歌は心臓が更に五月蝿くなるのを体感しながら兜悟朗の嬉しいその言葉に、これ以上ない程の喜びを覚える。断る理由が嶺歌にある筈がなかった。
「ぜ、んぜんです! 問題ないです!」
思わず声が上ずる。しかしそれでも意思表示がきちんとできた事に安堵していると兜悟朗は嬉しそうに口元を緩めながら「有難う御座います」と綺麗な一礼を見せてきた。
その一挙一動に嶺歌の心は何度も激しい脈を波打ち、彼が形南とは無関係に嶺歌に会いたがってくれているという事実を何度も頭の中で噛み締めていた。
「でも…それだけだとお礼にならないと思うんで……何か他にもないですか?」
嶺歌が兜悟朗に会うという事自体が、嶺歌にとっての褒美のようなものだ。兜悟朗へのお礼とはまた違う気がする。
そう思った嶺歌は改めて彼にそう問い掛けるが、兜悟朗はゆっくりと首を振ってくる。
「そちらが僕にとってのこれ以上ない御礼となります。ですからご心配には及びません」
兜悟朗はそう言って嶺歌に微笑みを向けると今度はこのような言葉を口にする。
「宜しければこの後庭園に行かれませんか? 形南お嬢様からもご提案頂いているのです」
「あれなからですか?」
「左様で御座います。お嬢様は本日お稽古で席を外されていらっしゃいますが、お手間をかけさせてこちらに来られたのですから嶺歌さんにも高円寺院家を堪能して頂きたいと、そう申されていました」
どうやらこの広い高円寺院家には大きな庭園があるようだ。以前形南が今度共に行こうと話してくれていたのを思い出す。
そして同時にその兜悟朗の言葉で嶺歌は形南がそう言っている様子を思い浮かべてみた。確かに形南であればそう言いそうだ。
彼女らしいその発言に嶺歌は思わず笑みが溢れていた。
「ふはっあれならしいですね」
そう言って口元を押さえて笑うと兜悟朗はそんな嶺歌に視線を向けながらただただ温かい笑みを向けてくれていた。
嶺歌はそんな空気がとても心地良く、この温かな時間に暫し浸るのであった。
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