第四十六話『一喝』

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「嘘じゃない。俺が好きなのは形南(あれな)ちゃんっていう同い年の小柄で上品な子で、いつも優しくて笑うと天使みたいにお花が舞ってるようで……とにかく凄く好きなんだ。俺が好きなのはあれちゃんなんだ。だからあの噂はデマだよ」  平尾はこの大衆を前にしてもそうはっきりと口にしてみせた。形南本人のいない大胆な告白だ。  嶺歌(れか)は再び平尾のその様子に胸を打たれる。本当に、今の平尾は男らしく逞しい。贔屓目なしでそう思えていた。 「ばーか。作り話、ご苦労さん」 「認めない男はどこだー? 平尾くんでした!」 「そんな空想はいいから認めなよ」  だがそれでも一組の連中どもは彼の勇気を振り絞った告白を、茶化して嘘だと踏み躙る。平尾の味方をする者は誰もいない。  声の大きい生徒は平尾を集中的に言葉の暴力で攻撃し、おとなしい生徒はただただ静観している。  彼に聞こえないようにヒソヒソと嫌味のような事を仄めかしている者もいた。  嶺歌はその様子を客観的に見て、これ以上我慢ならないと思い、教室内に足を踏み入れる――。 「話聞けよ」  嶺歌はバンッと強く教卓を叩き上げた。瞬間、一組のクラス全員が嶺歌の方に目を向け、シンと教室内が静かになる。  嶺歌はクラスに滞在する全員に鋭い視線を向けながら続けて声を発した。 「作り話とか決めつけんなっての。自分が都合のいい妄想に仕立て上げたいだけなら黙ってろよ」  嶺歌はそう言って平尾に対して作り話だとほざいた男を同情のない目で睨みつける。彼は一瞬にして怯み、顔を背けた。 「付き合ってないって言ってんだから付き合ってないんだよ。噂なんかどうでもいいけどね、あんたら声デカすぎ。人の迷惑考えろや」
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