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特にどこかへ行くという話は出ておらず、嶺歌は兜悟朗がこれからどこに向かおうとしているのかを知らされていなかった。
ただ嶺歌としては兜悟朗にこうして会えている事自体が嬉しい話であり、それ以上を望んでもいなかった。
ゆえにこのままドライブで終わったとしても不満になる筈もなく、きっと喜んで今日の一日を悔いなく終えられる事だろう。
車に乗車してから三十分ほどが経過した。何気ない会話を繰り広げていた嶺歌と兜悟朗だが、兜悟朗は突然話題を変えてくる。
「本日はこちらにお付き合いいただければと思うのですが、いかがでしょうか」
そう言って兜悟朗が「片手で失礼致します」と一言添えて嶺歌に手渡してきたのは映画館のチケットだった。
これは以前嶺歌が行きたいと形南に話していたマニアックなカンフー映画だ。
形南は興味がない分野の為一緒に行く約束はしていなかった。嶺歌はその時の事を思い出し兜悟朗を見る。
「お、覚えててくれたんですか……?」
すると兜悟朗は正面を見たまま穏やかに微笑んで「差し出がましい真似で御座いますが、どうぞお許し下さい。ですが喜んで頂けたのなら何よりです」と口を溢す。こんな嬉しいことをされて、喜ばない人間はきっとどこにも存在しないだろう。
嶺歌は凄く嬉しいという気持ちを素直に彼に向けるようにしてお礼を述べると、兜悟朗も嬉しそうに口元を緩めながらもう少しで到着する事を教えてくれた。
「映画館は地元じゃないんですね」
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