28人が本棚に入れています
本棚に追加
兜悟朗とのお出かけ先は、平凡な嶺歌がいつでも気軽に来られるような場所ばかりだ。兜悟朗からの気遣いを感じながらも嶺歌は今日も案内されたパスタ屋で彼と幸せな時間を送り始める。
(兜悟朗さん……今日めっちゃ似合ってる服着てる)
いつも兜悟朗の着る服装が嶺歌の心を弾ませる要因になっている事は否めない。だがそれでも今日の彼の服装はそれらを上回るほどに嶺歌の乙女心をくすぐってきていた。
彼が身につけている紺色のワイシャツは秋であるこの時期によくマッチしており、季節感を感じさせている。そして極め付けは少しだけ袖捲りをしているという所だ。
兜悟朗はこれまで決して肌を無闇に見せるような事をしてこなかった。
海の時でこそ彼の鍛えられた逞しい肉体を目にしてはいたが、あれは事故であり通常のそれとはまた別の話だ。
きっと主人の形南に肌を必要以上に見せぬよう彼なりの意図があったのだろう。
そしてどのような時でも絶対に七分袖以上の短い袖の服を身に付けてこなかった兜悟朗が、今嶺歌の目の前で袖捲りをしている。真夏でも袖捲りなどしていなかった人だ。
これは彼が嶺歌には見せてもいいとそう思ってくれている証なのだろうか。
(いや考えすぎ?)
自問自答をしながらも兜悟朗と対面する形で食事を始める。
嶺歌は丁重な手つきでパスタをフォークに絡める兜悟朗の手元に視線を向けながら、自身もそれを真似るようにしてパスタを器具に絡めていく。
そうして一口頬張るとじんわりと美味しいトマトソースの味が口の中に広がってきた。
しかし嶺歌は兜悟朗との食事に緊張が抜けないせいか、なかなか食事が進まない。
食事のペースは自分で早い方だと自覚しているが、今日に限っては全く早く食べ終えられそうになかった。これまでも彼との食事に緊張はあったがこんな事は初めてだ。
それほど嶺歌の兜悟朗への想いが日に日に増しているという事だった。
最初のコメントを投稿しよう!