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「嶺歌さんお口に合いますか?」
「はい、凄く美味しいです。こんな近場に美味しいパスタがあるなんて知りませんでした」
彼の問いかけに嶺歌は瞬時にそう答えた。この店の味が気に入ったのも本当だ。
嶺歌はそう言ってから兜悟朗が連れて来てくれた事のお礼を告げると、彼は微笑みながらとんでも御座いませんと謙虚な言葉を返してくる。
「嶺歌さんがお好きな料理をまだお聞きしていませんでした。次回は是非、そちらも考慮させていただいた上でお誘いしたく思いますが、お聞きしてもよろしいでしょうか」
「……っ」
兜悟朗の発言にはどのような意図が隠されているのだろう。
次回という単語を用いる時点で、彼は今後も嶺歌との時間を考えてくれている。兜悟朗がここ数週間で嶺歌と二人きりだけで会おうとしてくれているのも夢ではなく現実だ。
まるで恋人同士のようなこの会合に、嶺歌は期待をしてもいいのだろうか。期待する事を怖いと思いながらも、期待したいと心から願っている自分が存在する。
嶺歌は兜悟朗のまっすぐな視線に目を僅かに逸らしながら言葉を発した。
「あたしはなんでも好きですけど、魚料理とか、お寿司とか和食が結構好きです。でもパスタも好きですしこれもアンチョビが入ってるの選んでるので凄く満足してます」
そう言って自分の本心を嘘偽りなく言葉に出す。
すると兜悟朗は嬉しそうに微笑みながら「左様で御座いましたか」と口にして、上品な手つきで紙ナプキンを使い口元を拭い始める。
彼のお皿にはいつの間にかもう料理が消えており、兜悟朗は食事を終えていた。
本当に全てが早いと改めて思っていると、ふと嶺歌も気になることが頭に思い浮かぶ。そうだ、なぜ今まで彼に聞いてこなかったのだろう。
「あの、兜悟朗さんは……好きな食べ物とかあるんですか」
嶺歌が知る兜悟朗の情報はそう多くはない。
これまでは彼との一つ一つの出来事に頭が埋め尽くされていたため、そこまで考えが及ばなかったが、好きな人の事は一つでも多く知っておきたい。
嶺歌はこの瞬間に強くそう思うようになっていた。
彼に視線を向けたまま尋ねてみると、兜悟朗は尚も笑顔を崩さず口を開いて嶺歌の質問に答える。
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